「ひもとく」という言葉をどういう場面で使うか伺いました。
目次
過半数が「歴史をひもとく」もOK
「書物を読む」という意味で使われる「ひもとく」を、より広い意味で使いますか? |
書物を読むという意味でのみ使う 11.9% |
「歴史をひもとく」など書物に関係する場合は使う 55.6% |
「宇宙誕生の謎をひもとく」など解明する意味で広く使う 32.5% |
「解明する」という意味で広く使う人は3割を超え、「歴史をひもとく」など書物が関係する場合には使うという人は過半数に達しました。元々の意味の「書物を読む」ことのみに使うとした方はわずか1割。多くの辞書はこの語釈しか載せていないのですが、意味は拡大したと判断してよいでしょう。
新旧の用法つなぐ「歴史をひもとく」
ではその拡大の理由は何か。そして拡大は妥当なのか。国立国語研究所の相澤正夫氏の2013年の論文が参考になります(以下、参照先のページ数は「国語研プロジェクトレビュー」第5巻第2号から)。
論文では「書物を読む」を「伝統用法」、「分析・解明する」を「新用法」とし、「歴史をひもとく」はこの二つの用法を媒介すると指摘します。この「歴史をひもとく」には、「歴史書を読む」「歴史書(記録・文書)を参照して調べる」「多様な手段で歴史を解明する」という3段階があります。
段階を経るに従い、ただ「読む」だったものが「解明する」に変化し、またその対象が「歴史書」から「歴史」(過去の出来事)に変化しています(p.83)。ここまで来ると、あとは対象が「宇宙誕生の謎」や「天才画家の人生」に応用されるだけ。伝統用法と新用法はこのように連続性を持っているのです。
伝統用法も元は比喩
また、「事件のもつれた糸をほどく(=解明する)」といった類似の比喩表現が既に定着していることや、「解き明かす」「解きほぐす」といった表現が「ひもとく」の「とく」と重なることから、「ヒモトクがこれらの複合動詞と連想・類義の関係に入り、徐々に安定した地位を築きつつある」(p.79)のではないかと推定しています。
つまり新用法はとっぴな突然変異ではなく、十分な素地の上に進化を重ねてきた結果と言えるのです。そもそも伝統用法の「ひもとく」も比喩である(ひもをほどいて終わり、ではなく、その先の読む行為を暗示している)わけですし、現代の書物については実際にひもをほどくわけですらありません。新用法も一種の比喩ですから、おかしな表現だと切り捨てることは難しいでしょう。
40代以下では「解き明かす」が主流
論文では、「ひもとく」をどういう意味で使うかの年代別調査も紹介しています。20~40代では「書物を読む」「歴史書を読む」よりも「歴史を解き明かす」「宇宙の謎を解き明かす」の意味で使う人が明らかに多いという結果でした(p.85)。今後も新用法の拡大は続くでしょう。
伝統用法はもはや論文の言う「古風な文章語あるいは教養語」(p.79)で、「意識的な学習によってのみ維持される」(p.85)使い方なのです。言葉に保守的であるべき新聞といえど、伝統用法にこだわっていては時代錯誤と思われるかもしれません。今回のアンケートの結果を見ても、新用法が市民権を得るのはそう遠くないのではないかと感じます。
(2019年02月05日)
まず、「ひもとく」が「書物を読む」という意味であるということに驚かれた方もいるのではないでしょうか。岩波国語辞典7新版では「本をひらいて、読む。巻物のひもを解く意から」とあります。元々は文字通りひもを解いていたのです。
多くの辞書がこの意味しか載せていませんが、用例を見ると「歴史をひもとく」(大辞泉2版)を載せるものが散見されます。書物を読むということと完全に一致はせずとも、文献を調査するなど親和性は高いでしょう。ウェブ版のデジタル大辞泉では「書物などで調べて真実を明らかにする」と、もう少し意味が拡大されています。
しかしさらに広く使える言葉だと解釈する辞書も出てきています。三省堂国語辞典は2014年の7版で「なぞを明らかにする。『真実をひもとく』」と追加。広辞苑は18年の7版で「隠れた事実を明らかにする。『天才画家の人生をひもとく』」と加えました。書物を完全に離れたところにまで「ひもとく」を応用できるという立場です。
毎日新聞では特に使い方に決まりはありませんが、書物を調べることからあまりに遠い場合は校閲から「解き明かす」などの言い換えを提案することがあります。みなさんが違和感なく受け取る「ひもとく」の範囲はどれくらいでしょうか。
(2019年01月17日)