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新聞は避ける「重言」
重言と言われる言い方があります。「馬から落馬」「頭が頭痛」のように、同じ意味の語を重ねて使う言い方です。新聞では字数の制限が厳しいため、多くは不適切とされています。
毎日新聞用語集の「誤りやすい慣用語句」の項には、例として「あとで後悔する」「一番最初」「被害を被る」など、30項目ほどが言い換え例とともに載っています。しかし、これらの言い方が気にならない方々が増えてきているのではないでしょうか。
「ご飯を炊く」と同じ?
明鏡国語辞典第2版で「重言」の項を引いてみると「重言のいろいろ」というコラムがあります。興味深い内容で、これによれば先ほどの例で言うと、不適切なのは「あとで後悔する」だけで、「一番最初」は強意表現の一種、「被害を被る」は「『~ヲ』に〈動作・作用の結果に生じたもの〉がくる、結果目的語の適切な用法であるもの」に当たります。
結果目的語というのは、簡単に言ってしまえば「お湯を沸かす」といった場合の「お湯」、「ご飯を炊く」と言った場合の「ご飯」ですね。沸かした結果「お湯」になるわけで、「水を沸かす」と言った場合の「水」は結果目的語にはなりませんし、炊いた結果「ご飯」になるのですから、「米を炊く」と言った場合の「米」も結果目的語ではありません。
「被害」は害を被った結果、受けてしまった損害、とでも言えばいいでしょうか。
「犯罪を犯す」「歌を歌う」は?
サイト内に「怪しげな『募金』に要注意」という題の文章がありますが、この中で「募金を募る」という言い方に触れています。
これも、「募金」という語が「募った結果、得られたお金」という意味であるのなら、重言ではなく、適切な用法ということになるでしょう。いまのところ、「募金」に集めたお金の意を認めない方針ですので、「募金を募る」は不適切ということになります。
これに倣い、「被害」を「害を被ること」という行為に限定して、「受けた損害」という意味を認めなければ、「被害を被る」は「『害を被ること』を被る」となって、重言以前に妙なことになってしまいます。しかし、日常的には「被害」は受けた損害の意味で使いますし、「募金」も集めたお金の意で使うことが増えてきました。
明鏡には、結果目的語の適切な用法の仲間として「建物を建てる」「伝言を伝える」「犯罪を犯す」「歌を歌う」などが記載されています。皆さんはどう感じられるでしょうか。
徐々にではありますが、多少の重複感より、強意や動作・作用の働き先に私たちの意識の重点が移動してきているのではないでしょうか。規範ももちろん大事ですが、コミュニケーションのツールとして、日常使う場面の多い意味や言い方を徐々に採用することも、新聞には意味のあることに思えます。
【松居秀記】