人気のYouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」。国語辞典や文具など、校閲記者としても気になる話題が取り上げられ、その面白さに「ハマって」いる者も少なくありません。校閲センターで開いているイベント「ことば茶話」にも参考になるのでは……いろいろな思惑を胸に、校閲記者2人が横浜市の有隣堂伊勢佐木町本店を訪れました。
「有隣堂しか知らない世界」、略して「ゆうせか」。この名前を目にしたことはありますか?
神奈川県を中心に展開する書店「有隣堂」の公式YouTubeチャンネルで、有隣堂で働く方はもちろん、作家や報道カメラマン、出版社や文房具メーカーの方々など、幅広い分野の個性豊かな人々が登場します。
国語辞典にお世話になっている校閲記者たちにとって足を向けて寝られない存在、三省堂の辞書出版部部長、山本康一さんも何度も登場し、「ストンとさせちゃう男」としていまや常連出演者の一人となっています。最近では、毎年言葉好きたちがその結果に注目する「三省堂辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2024』」の発表会にビデオメッセージで登場!(「今年の新語2024」がもやもやを言語化してくれた) “言葉かいわい”でも話題のYouTubeチャンネルです。
そんな「ゆうせか」は、書店で働く人々が中心になって制作しているそうです。これは、新聞社の校閲記者という表に出ない仕事ながらイベント開催や講座制作で校閲の魅力を発信しようという我々と通ずるところがあるのでは……と親近感がわきました。そして、ゆうせかの裏側という謎を解き明かすべく、入社2年目(取材当時)の大庭穂香が30年超の平山泉を引っ張り出してアマゾンの奥地……ではなく横浜市にある有隣堂 伊勢佐木町本店にお邪魔し、お話を伺ってきました。
ゆうせかに携わる有隣堂の社員の方々と、このチャンネルのプロデューサーであるハヤシユタカさん、MCを務めるミミズクのR.B.ブッコローさんが対応してくださいました。【大庭穂香】
【インタビューに応えた方々】(「有隣堂しか知らない世界」制作チーム)
阿部綾奈さん(有隣堂社長室デジタルクリエイティブチーム)
ハヤシユタカさん(チャンネルプロデューサー)
R.B.ブッコローさん(チャンネルMC、ミミズクのキャラクター)
【話題に登場した方々】
松信健太郎さん(有隣堂代表取締役 社長執行役員)
渡辺郁さん(有隣堂広報・マーケティング部)
市川紀子さん(有隣堂広報・マーケティング部、今回の取材に対応)
大庭・平山:本日はよろしくお願いします。
平山:元々(ゆうせかを)個人的に面白いなと思って見ていたのですが、入社2年目の大庭が「ぜひ話を聞きたい!」と言い出しました。これは私たちのサイトとも親和性があるのではないかとも考えまして、じゃあ行こか!と。
阿部綾奈さん:大庭さんが企画を出したのですか。
平山:企画というほどでもありませんが、言い出しっぺ。
大庭:言い出しっぺです(笑い)。
平山:まず、きっかけというか、どういう声からYouTubeチャンネルをつくろうということになったのでしょう。
阿部さん:社員として初めて聞いたのは、2019年くらいに当時の副社長で現社長の松信(健太郎氏)が、今後の有隣堂の事業として新しいコンテンツをというときに「これからの時代、動画は来るよね」「じゃあYouTubeをやってみよう」というような話になったとか。その前段についてはプロデューサーの方から。

有隣堂社長室デジタルクリエイティブチームの阿部綾奈さん
ハヤシユタカさん:やっぱり当時、19年ごろは、もう出版業界、書店業界というのはもう地獄だったと。今でも地獄なんですけど。1996年をピークに書籍・雑誌はずっと右肩下がりの状況だった。もちろん有隣堂もひとごとではなく、本の売り上げがどんどん下がっていた。で、社長が最も懸念していたのは、社員の成功体験がないこと。つまり25年間くらいずっと右肩下がりだと……市川さん、入社何年目ですか?
市川紀子さん:15年目くらい……。
ハヤシさん:ということなので、今年は去年よりも悪いという経験を続けている社員しかいない状況になる。そこで、(松信氏は)いろいろな新しいことをやってきたわけです。
R.B.ブッコローさん:新しいことって。
ハヤシさん:HIBIYA CENTRAL MARKET(18年)、誠品生活日本橋(19年)と、一生懸命新しい業態の店舗をオープンさせるという試みをしてきて、そうしたことの一つがYouTubeだった。社員の成功体験が必要で、あるいは業界を変えるような破壊力のある新しい爆弾が必要だというふうに彼は話していました。そして、たまたま僕と話をした時に、YouTubeはどうですか?と提案をしたら、やろうって言ってくれて。(ブッコローさんに)やってみようじゃなくて「やろう」だから。
ブッコローさん:やってみようだった気がする……。
ハヤシさん:その場にいなかったでしょ。
ブッコローさん:(平然と)いないです。
ハヤシさん:やろうという話になって、その場で決まったという、そんな話です。
平山:では、いろいろ試みる中の一つだった、何かしなきゃというような。
ハヤシさん:有隣堂としてはいろんなことをやっていたんですよ。本業であるお店の展開もそうですし、僕の知らないところでもいろんな事業をやっているので。企業にパソコンを売ったり学校のICT教育向けにタブレット端末を売ったり。まあいろいろやっていたうちの一つだったと僕は認識しています。
平山:やろうといっても、実際にやるとなるとなかなか大変でしょう。例えば、タイトルはどのように決まったのでしょう。
ハヤシさん:タイトルが決まったのは結構もう直前でした。そもそもYouTubeをやろうと言ってから、「書店員つんどくの本棚」という動画が5本か6本くらい作ってあって、それが打ち切りになりました。そこから1カ月ちょっとくらいで「有隣堂しか知らない世界」を立ち上げようということになって、その1カ月ちょっとの間にタイトルを決めた。
なんであのタイトルにしたかっていうと、動画の趣旨が、書店員や従業員が、自分の愛するもの、自分のこだわりの商品やサービス、知識みたいなのものを出すという……TBSの番組「マツコの知らない世界」とよく似ていたから、参考にしたわけです。
それでいいのかという話もあったのですが、社内外に対してこういう動画をこれから作るんだよというのを出したかった。社外に対しては一目で分かるでしょうし、社内も重要で。これからいろんな社員に出てきてもらうわけですし、新規事業でおそらく一番重要なのは社内の理解だから。まだ社内の理解が全然ないんですけど……。
大庭・平山:えっ、ないんですか。
ハヤシさん:当時も社員が二、三百人くらいで、従業員が2500人くらいいたのですが、なかなかチャンネル登録者数が2000人を超えなかったという通り、なかなか社員の理解がなかったんです。そこで、こういう動画を作るんだよというのを分からせるためには「マツコの知らない世界」という番組名をまねるのがいいんじゃないかということで決めました。とにかくあの頃は時間がなかったので、突貫で決めたみたいなところはあります。
平山:そういった社内の理解という話は……。
大庭:(うなずく)
平山:私たちも校閲で事業を始めました。校閲はお金を「生む」部門ではないのですが、校閲も収益を上げられるぞということで、社内の新規事業に応募して認められたんです。動画の講座を出したりしていて。カリキュラム作成も台本作成も動画出演も動画編集も……何人もで手分けしています。大庭も平山も。そういうことを始めるという時も社内や部内の理解が課題でした。今は理解が進んできたように思います。やっと売れてきたからというか……。
ブッコローさん:売れてきた? へーえ。
阿部さん:売り上げで見えてくるわけですね。
ハヤシさん:明確に売り上げが出るのは強いですね。
平山:そうですね。会員が何人になったとか、売り上げがいくらとかいうのが見えるので。そのあたり、YouTubeは成果的なものが見えにくいかもしれないという気がするのですが、いかがですか。
阿部さん:今となってはありがたいことに登録者数が30万人を突破して、社内の理解はだんだん、だんだんかなとは思っています。当時の話でいうと、よく渡辺(郁さん)が言っていたのは、すごく無関心な人が多かったということです。YouTubeやるよというふうに社長が言い、チームを作ってハヤシさんにも入っていただいて、みんなで頑張って作っていくというところに対して、なかなか協力的な姿勢がすぐには認められなかったということは聞いています。

登録者数が10万人を超えたチャンネルしかもらえないYouTubeの記念品「銀の盾」とブッコローさん
平山:本業とは違うからということでしょうか。
阿部さん:そうだと思います。草の根ですよね。ほんとに地道にやっていくしかないということは日々感じます。
平山:でも有隣堂さんのYouTubeはもう有名になっていますよね。
ハヤシさん:それがですね、有隣堂の社員の平均年齢って高いんですよ。「グーグルって何?」みたいな。
阿部さん:そこまでではない……さすがに(笑い)。
ハヤシさん:それは言い過ぎかもしれないけれど、グーグルアカウントとは何ぞやみたいな人は実際いたらしく、だからチャンネル登録って何?というような状況下でYouTubeを始めると言っても反応が薄かった。本一冊でも売っていこうよという感じで。
平山:でも何か広がるといいですよね。
阿部さん:ありがたいことに、そうやって社外の方々から評価していただくことの方が感じられ、そこからの効果が社内にもと。
平山:では、YouTubeをやるぞとなって、MCがいて、ゲストを呼んでという方式にし、そのキーになるMCを人でなくてキャラクターにするという経緯を伺えれば。
ハヤシさん:そうですね。有隣堂は神奈川県が発祥の地で、今は大阪や神戸にもありますが、当時は神奈川、東京、千葉の1都2県しか店舗がありませんでした。そういった地方の書店ではあるけれど、全国のなるべく広い人に本や文房具の面白さみたいなものを広げたい――社内の立ち上げメンバーから、そんなリクエストがありました。
そこで、参考にしたものが二つありました。それが「マツコの知らない世界」と、今はもうなくなったのですが、tvkの「saku saku」という音楽情報番組です。
まず「マツコの……」は市場規模が大きいらしく、マツコさんが「あ、これはいいね」と言ったものが翌日めちゃくちゃ売れたり、行列ができたりということが多々あったわけです。企業のYouTubeは広報戦略的な意味合いがとても大きいのですが、「マツコの……」のような広報戦略的なインパクトを生み出す番組を参考にして、ゲストが好きなもの、思いのあるものをお勧めする、こだわりを説明するというようなスタイルを考えたわけです。
もう一つの「saku saku」は、音楽情報番組と銘打っておきながら、ほとんどコアなトークをする番組だった。パペットとMC出演者がトークするような番組で、その雰囲気みたいなところがかなりウケていて。tvkは独立系地方局なので神奈川県内でしか放送されないのですが、めちゃめちゃ人気が出て、全国のあらゆる地方局が番組を買い取って放送して日本中にファンができたんですよ。グッズを売ったら、北海道の旭川市のラーメン屋の店員さんが持っていた、なんてことがあったりするような。地方の書店ながら全国にいろんな魅力を伝えたいという時に、このコンテンツは成功モデルかなと思いました。
となってくると、saku sakuの世界観、パペットとゲストが本音で語り合う、プラス、フリートークをする、プラス、「マツコの……」という熱いものを語り合う――というように、今のスタイルができたのは、その二つの番組を参考にしたというところが大きいです。
こうして始まることになった「有隣堂しか知らない世界」。次回はこの動画のキーとなる「R.B.ブッコロー」誕生について伺います。
(つづく)