「酒だるを開けること」の表現について伺いました。
「鏡割り」が小差ながら最多
祝いの会合などで酒だるを開けることを何といいますか? |
鏡抜き 5.2% |
鏡開き 45.5% |
鏡割り 49.3% |
縁起が悪いと考えられることもある「鏡割り」が小差ながら最多でした。次いで「鏡開き」。本来の言い回しと考えられる「鏡抜き」は5%ほどと、ほとんど浸透していません。この結果を見ると、後輩の校閲記者が「鏡割り」という表現を特に気に留めなかったのも無理はなさそう。今日においては「割れる」のような忌み言葉も、避けねばならないと考えられてはいないようです。
文化庁の「言葉に関する問答集14」(1988年)では「『鏡抜き』と『鏡開き』と『鏡割り』」と題して、詳しい説明をほどこしています。
まずふたを木づちでたたいて開ける動作を「ふたを抜く」と言うこと、そして酒だるのふたが「鏡板または鏡ぶた」略して「鏡」と呼ばれることから、酒だるのふたを木づちでたたいて開けることが「『鏡抜き』と呼ばれるのも当然のこと」と言います。
しかしその「鏡抜き」の動作は実際のところ「木づちなどで板を割ってこわすことである」から、この動作が「鏡割り」と呼ばれることも「間違った言い方とすることはできない」。問題は「割る」という言葉。「まきを割る」のように「分かれる(別れる)状態にする」意味を持つので「結婚などに関しては絶対に用いてはならない」だけでなく、「ガラスを割る」のように「こわす」意味もあり、「おめでたい席では一般に忌み言葉になっている」。そこで「割る」の代わりに「開く」が使われる、と話を進めます。
「鏡開き」というと、正月に供えた鏡もちを下げて食べること。その際に実際に行われることは「鏡もちを割ること」ですが、「割る」を「開く」と言い換えています。「それと同じように、鏡ぶたを割ることについて『鏡を開く』と言い換えるのも、ごく自然の成り行きである」というのが「問答集」の結論です。回りくどいようですが、元々は使われなかったとみられる、酒だるを開ける際の「鏡開き」を式次第などでよく見かけることの説明になっていると思います。
広辞苑の「鏡開き」の項目(正確には「鏡」に含まれる追加項目)で酒だるを開ける意味が追加されたのは1991年の第4版から。「鏡を抜く」という表現はそれ以前の版にも載っているのですが、今回の回答から見るに、今では廃れてしまったようです。
ところで、今回のまとめでは2回、「忌み言葉」を使いました。どちらも「不吉な意味や連想を持つことから、忌みはばかって使用を避ける語」(広辞苑7版)という意味です。一方でこの語は、縁起の悪い言葉の代わりに使う言い換え語を指す場合もあります。「すり鉢」に対する「あたり鉢」、「終わり」に対する「お開き」のようなものも「忌み言葉」です。同じ字面で反対の意味を持つ場合があるというのは厄介なようですが、先日取り上げた「留守」も「(主人の)不在を預かること/不在にすること」とやはり相反する意味で使われていました。文脈を間違えなければ意味を取り違えることはありませんが、ことほどさように言葉の意味というのは広がりを持ってしまうものである、とは言えるでしょう。
(2018年11月27日)
最近目にした記事中に、とある式典で「鏡割りをして祝った」というくだりがありました。「鏡割り」か、間違いというわけではないし直すまでもないかな――と思いつつも、初校のチェックをしたのが若手の記者だったこともあり、最近は忌み言葉のようなものをあまり意識しないのか、ということが気になりました。
酒だるの上ぶたに当たる板を「鏡」といい、それを木づちで開けることを「鏡を抜く」といいます。はまっている物を押し込んで開けるのですから「抜く」ということに違和感はありません。ただし、実際には板が割れることになるので「鏡を割る」ということもまた可能です。
しかし、このように酒だるを開けるのは普通は祝いの場であって、「割る」というのは縁起が良くない。そこで忌み言葉として「割る」の代わりに「開く」を使った「鏡開き」という言い回しが普及しました。記事で見た式典も、主催企業のプレスリリースには「鏡開き」とあります。
「鏡開き」は「本来は『鏡もちを割ること』を指す」(NHKことばのハンドブック第2版)として使用を勧めない向きもありますが、国語辞典は酒だるを開ける意味も認めるものが多いようです。皆さんはどれを使うでしょうか。
(2018年11月08日)