今回は言葉の世界からちょっと離れて「赤と黒」の世界についての話です。「赤と黒」といってもフランス文学ではなく、それは校閲記者が向かう机の上の大半を占める2色のこと。
私たちの職場では「赤字」という言葉がよく飛び交います。もちろん、ここでいう赤字とは「(多く赤インクを用いるからいう)校正で、正誤補筆した文字や記号」(広辞苑第7版)を意味しています。おそらく一般的には「目立つ」という理由から直し箇所を示すのに赤が使われているわけですが、赤は必ずしも目立つ色とは言えません。
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実は目立たない? “赤字”
国内に300万人以上、世界で約3億人いるとされるのが、先天的に色の見え方が通常とは異なる特性を持つ人。近年では「色弱者」(カラーユニバーサルデザイン機構)や「色覚多様性」(日本遺伝学会)といった呼称が提唱され、定着しつつあるようです。そのような色覚特性を持つ人たちにとって区別しにくい色の組み合わせとしてよく知られているのは「赤と緑」ですが、「赤と黒」もまた見分けがつきにくい色遣いの一つだそうです。
ここに校閲記者が読んで赤字で直しを入れたゲラがあります。
ところが、あるタイプの色覚特性を持つ人にとっては、次のように見えています。
ほとんど黒と見分けがつきません。ここに挙げた画像は、色覚特性を持つ人の色の見え方を再現することができるスマートフォン向けのアプリ「色のシミュレータ」(こちらからダウンロードできます)を使って撮影しました。(冒頭の画像は右がP型色覚、左が一般的な見え方)
色覚特性の持ち主は1クラスに約1人
日本人では男性の20人に1人が色覚特性を持っているとされます(女性は500人に1人程度)。これは小中学校の1クラス(40人学級、男子20人)に約1人という計算になります。そのため、教科書や参考書、あるいはスマートフォンの説明書などでも強調したい語句が赤字ではなく青字で印刷されているものを見かけるようになりました。青い文字は比較的区別がしやすいためです。
当然ながら使用する色が増えれば増えるほど、色覚特性を持つ人にとっては区別がしにくくなります。それを解消するために提唱されているのが、誰にでも見分けがつくような配色を可能とする「ユニバーサルデザインカラー」。身近なところでは鉄道の路線図などに採用されています。最近では2020年東京五輪・パラリンピックを見据え、日本工業規格(JIS)の「安全色」が「ユニバーサルデザインカラー」を採用したものに改定される(毎日新聞の記事)など、各方面で普及しつつあります。
白黒コピーして理解できるか
最初に述べたように、新聞校閲の作業現場は基本的に赤いペンを持って黒い文字に向かう「赤と黒」の世界です。「黒」のほとんどは文字(原稿)ですが、原稿とともに紙面やウェブに使われる図表や写真についてもチェックします。もちろん図表の校閲担当はカラー印刷された紙を見ていますし、パソコンの画面上では写真などカラーで表示されますが、通常は黒1色で印刷された紙を見て校閲する時間が圧倒的に長いので、刷り上がった新聞が手元にきてカラー印刷された紙面を見ると、モノクロ印刷とは違った印象を受けることがよくあります。
文章の校閲をするのにカラー印刷は必要ないということもありますが、モノクロ印刷で紙面をチェックすることには利点もあります。色覚特性を持つ人にも伝わる色遣いかどうかの簡易的な判断基準の一つに「白黒コピーしても内容が理解できる」(大阪府「色覚障がいのある人に配慮した色使いのガイドライン」平成23年9月。PDFはこちら)ことが挙げられるからです。センスはまた別の問題ですけど……。
図表や写真も 伝わるか注意を
カラーの図版を単にモノクロにしただけでは区別がつかないものに関しては、濃度を変えたり、実線だった部分を破線にしたり、といった工夫も必要になってきます。弊社デザイン室の社員に聞いてみたところ、図版製作の際には、濃淡がはっきりと分かれていなくて区別しにくいことがないように気をつけたり、図表の制作で使っているソフトウエアについている色覚シミュレーション機能を活用したりしているそうです。
弊紙でもまだ十分ではない部分があるかもしません。輪転機で大量印刷される新聞紙で設定通りの色合いを常に再現することも容易ではないでしょう。しかし、校閲として、新聞の作り手として、こうした観点を念頭に置くことは大切なことと感じます。言葉についてだけではなく、紙面を構成するあらゆる要素について、さまざまな事情を抱えた読者一人一人に、きちんと伝わるようになっているか。目を光らせることができるように、幅広い視点をもって日々の業務に取り組みたいと思っています。
【西本竜太朗】