2024年12月に「三省堂辞書を編む人が選ぶ『今年の新語』」とコラボ開催された「国語辞典ナイト」をリポートします。一般から募集った意見を材料に4人の“国語辞典ナイツ”が「今年の新語」を振り返ると、そこからも辞書たちの個性が解き明かされるのでした。
辞書ファンが集うイベント「国語辞典ナイト」が2024年12月3日、東京・渋谷で開かれました。21回目の今回は、前半に行われた「三省堂辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2024』」の発表を受けて、国語辞典マニアのメンバーが10回目を迎えた「今年の新語」に愛のある(?)突っ込みを入れつつ、10年間の新語を振り返りました。
【滝沢一誠】
目次
10年間の「新語」を振り返る
登壇者は司会のエッセイスト・古賀及子さん、ライターの西村まさゆきさん、三省堂国語辞典(三国)編集委員の飯間浩明さん、校正者の牟田都子さん、校閲者で国語辞典マニアの稲川智樹さん、見坊行徳さん=写真左から。司会の古賀さん、「今年の新語」選考委員の飯間さん、ゲストの牟田さんは前半の発表会に続いての登場です。
いつもはメンバーが各自で作成した膨大な枚数のスライドを駆使して発表していくスタイルですが、今回は一般の人から募集した新語に関する思い出やエピソードを紹介しつつ、これまでの「今年の新語」にまつわるトピックを五つにまとめて発表しました(スライドの枚数は変わらず膨大でした)。
“初回”の「新語」は…
15年から始まって10回目を迎えた「今年の新語」ですが、前年の14年に飯間さんがその前身となる「今年からの新語」を個人ホームページで募集・選考していました。
ベスト10には1位「ワンチャン」、2位「それな」、3位「あーね」、4位「安定の」――と、「今も普通に使っている言葉ばかり」(牟田さん)が並んでいました。
6位の「プロジェクションマッピング」は、ちょうど昨年にも話題になったばかりです。
10位の「ぽんこつ」は三国8版によると「〔乗り物・機械などの〕こわれかかったもの。役に立たなくなったもの」などの意味で、「〔性格が〕ぬけている(人/ようす)」というかわいげも入った意味が10年代からの用法として紹介されています。
個人的にも後者の意味で親しみを込めて言うことが多いので、「以前の意味を知っている人にとっては侮辱的な言い方。『あの子ちょっとポンコツだね』って言うと、もう役に立たないのかと」(飯間さん)思われるのは気付きませんでした。気をつけなくては。
印象に残った新語
印象に残っている「新語」として、20年大賞で歌舞伎のセリフでも取り入れられたという「ぴえん」、いつの間にかテレビでも耳にするようになった18年6位の「肉々しい」などが挙がりました。
17年大賞の「忖度(そんたく)」は、政治のニュースを起点に徐々に広まり、しかも「(相手の気持ちを)推測すること」(三国第8版)という比較的ポジティブな意味だったものが「有力者などの気持ちを推測し、気に入られるように行動すること」(同)とネガティブな意味で定着した例として話題になりました。
「忖度」に限らず、「今年の新語」で登場したときはピンとこなくても、翌年、数年後にはいつの間にかみんな言っている……という言葉が少なくないと実感しました。
先鋭化した?体幹が強い?
「『今年の新語』に投稿された言葉は、(新語を積極的に掲載することが多い)三省堂国語辞典に収録する候補になっていますか?」という質問が届いたことで、稲川さんが「『今年の新語』が始まったことで、三省堂国語辞典や三省堂現代新国語辞典みたいな新語に強い辞書が先鋭化しているんじゃないか」と問題提起しました。
「候補にはなるけど、最終的に入れるかどうかで日和見をすることもあって100%載っているわけではない」(三国編集委員の飯間さん)とのことですが、三省堂の四つの辞書に載っていない「新語」を見坊さんがまとめてみたところ……
それぞれの辞書ではっきりと分かれました。
大辞林(左上・紫色)は四つの辞書の中で最も収録語数の多いこともあって比較的漏れが少なく、三国(右下・オレンジ色)に至ってはリストがほとんど空で「日和見しているとおっしゃっているけど、実際にはほぼほぼ入っている」(見坊さん)ことが分かります。
対照的なのが新明解国語辞典(右上・赤色)。表中で下線が引いてある2018年はトップ10全てが載っていない方で“コンプリート”しました。ピンク色のマーカーが引いてある、発表会で新明解が語釈を担当した語ですら載っていないことで、登壇者からは「逆に新明解を好きになった」(牟田さん)、「体幹が強い辞書」(見坊さん)という声が上がりました。
中高生向けの三省堂現代新国語辞典は中間的で、「○○構文」や「闇落ち」など、この辞書を使う年齢層がよく言いそうな言葉をあえて載せていないようにも見受けられました。
新明解の“ブレなさ”が注目を集めましたが、笑いの意味の「草」など、新明解にも少なからず載っている新語がありました。稲川さんは「『今年の新語』が存在しない状態で改訂されていたとしたら、もしかしたらもっと載っていなかったんじゃないか」と話しました。
「唯一の外れ」も?
10年でいくつも挙がった「新語」の中には、企画の趣旨である「日本語として、今後国語辞典に載せてもおかしくない」という予測が外れ、一過性の流行語では?と考えてしまう言葉もありました。
23年大賞の「地球沸騰化」は、気候変動への警鐘として国連事務総長が言及したにもかかわらず定着していない印象。
ガウチョとスカートを合わせた「スカーチョ」(16年6位)は四つの辞書全てに収録されなかった上に三省堂以外でも載っている辞書を見かけず、「唯一の外れ」と言われてしまいました。
さらに、西村さんからはパンに生クリームをたっぷりはさんだお菓子の「マリトッツォ」(21年3位)に対する突っ込みがありました。
飯間さんによると、奇抜な言葉が次々と出てくるファッション用語や、ブームと冬の時代を繰り返すグルメにまつわる言葉は定着するかの予測が難しいようで、「マリトッツォを今後誰も食わないということはあり得ない」と断言しました。マリトッツォが外れになるかどうかはまだ分からないようです。
新しい「新語」
最後に「これは新語なのか?」という言葉を募集したところ、上記の単語などが挙がりました。
このうち「エモい」や「世界線」は既に三国に収録されている一方で、逆に「○○だったり、○○だったり」と並べてぼかすような言い回しを最近はあまり聞かなくなったという指摘も上がりました。
他にも、体力テストなどで行われる「反復横跳び」が本来の意味を超えて「行ったり来たり」の意味で使われている、という投稿が注目を集めました。
学校に通った経験は世代を超えてあるということもあり、古賀さんが「言葉として、学校での体験はみんながやっているから強い」と指摘すると、牟田さんも「新語になる言葉はイメージが共有できるから、実態から遠ざかってもイメージとしては伝わるので、パッと広がったりしますよね」と話しました。
辞書を引く楽しみが増えた
今回も駆け足で約1時間があっという間に過ぎました。
10年続いた「今年の新語」を振り返って、見坊さんは「改めて見渡しても、キレキレの企画だったなと。今後も10年、20年、100年とキレキレで続けていっていただきたい」、西村さんも「決まった当初は『えっ?』って思う言葉もあるけど、全体で見るとやっぱりどれも使われているのを再確認できた。10年やった積み重ねってすごいなと」と総括しました。
牟田さんは「このイベントは聞いているのも楽しいですけど、辞書を実際に引いてみると、新明解のツンデレっぷりとかがより実感できて面白い。それが(辞書)アプリだと気軽にできる。10年たって、すごい時代が来たなと感慨深い」と、辞書を引く楽しみが増えたと話しました。
実は筆者も辞書アプリをインストールしていましたが、このイベントに参加するまでは(校閲なのに)あまり辞書を引く習慣がなく、気になる言葉はついついネットで検索してしまうことが多々ありました。でも、今回のイベントを通して、改めてそれぞれの辞書の性格の違いに気付き、気になった単語が載っているかどうかや語釈の違いをチェックするのが楽しみになりました。
これからも日本語の変化にアンテナを立てて、こまめに辞書を引くのを楽しみにしたい……、そう思った1時間になりました。
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