朝ドラの「ブギウギ」の中に出てきた雑誌に「泥試合」の見出しがありました。辞書では「泥仕合」しか掲げていないものが多く、毎日新聞でも「泥仕合」にしていますが、このドラマの場合はどうでしょう。考えた上でNHKに聞くと……。
NHKの連続テレビ小説は大体欠かさず見ています。2月21日の「ブギウギ」に、雑誌の見開きの見出しがおどろおどろしい書体ではっきり映っていました。
福来、茨田二大女王の泥試合! 犬猿のブギ對ブルース!
目次
ドラマの中の「泥試合」は間違いか
戦後まもなく「東京ブギウギ」などをヒットさせたヒロイン、福来スズ子と「ブルースの女王」こと茨田りつ子(モデルは笠置シヅ子と淡谷のり子)が雑誌記者の口車に乗り対談したことを報じる記事の見出しです。
「泥試合」。毎日新聞では「泥仕合」に直す字です。辞書もほとんどが「泥仕合」となっています。語源説としては歌舞伎で泥だらけになって争う舞台からきたとのことで、江戸時代から「泥仕合」が使われているようです。
では間違いでしょうか。でもこれはドラマの中の雑誌です。可能性としては三つあると思いました。
① 単純な誤記
② わざと誤字を含む見出しを作り、暗にいいかげんな雑誌ということを示した演出
③ 実は誤字ではなく、当時はよく使われていた
まずは③の観点から、誤字かどうかを検証してみます。
先述のように、調べた限りほとんどの辞書は「泥仕合」のみです。「泥試合」に言及する辞書も
「泥試合」と書くのは誤り。(現代国語例解辞典)
「泥試合」は誤り。(学研現代新国語辞典)
「泥試合」はあやまり。(学研現代標準国語辞典)
「泥試合」と書くのは避けたい。(明鏡国語辞典)
と注意を促しています。ただ明鏡が「誤り」ではなく「避けたい」と書いているのが気になりました。この辞書の他の注釈では「『絶対絶命』は誤り」などとはっきり誤字と示しているからです。
古めの辞書に手を広げると、旺文社新総合国語辞典(1978年)に【泥仕合・泥試合】となっているのを発見。さらに古くは「大辞典」(平凡社、1936年)が併記していました。「泥試合」だけ載せているものは見当たりません。
戦中戦後は毎日新聞でも使用
次に毎日新聞のデータベースで戦中戦後の見出しを探すと、「泥試合」はそれなりに出てきます。例えば1947年11月26日の記事は、見出しが「泥試合の勝負五分五分」と読めます。
むしろ戦後しばらくするまで「泥仕合」の方が見られず、59年ごろから「泥仕合」が中心になっているようです。
戦後すぐにどういう用字基準で書かれていたか定かではありませんが、56年の「毎日用語集」に
泥仕合(△泥試合)
とあります。この△は「そういう表記も間違いではないが使わない」ということでしょう。これ以降、「泥試合」は紙面から少なくなっていったと考えられます。
今の毎日新聞用語集では、誤字とみなした表記には例えば「(▲とんぼ帰り)→とんぼ返り」
と▲の印をつけていますが
(泥試合)→泥仕合
には▲印がありません。カッコの中は「そうとも書く(書いた)が毎日新聞記事では直す」という扱いです。
これはあくまで毎日新聞もしくは日本新聞協会の決まりなので、一般的な規範とはいえません。とはいえ、一般の辞書はほとんどが「泥仕合」しか掲げず、「泥試合」を併記する辞書も古いものしかなくなり、逆に「誤り」とする辞書が複数ある現状になっています。「泥試合」は、文字通り泥にまみれる試合についてしゃれで使う場合以外では「不適切」とみなされる可能性があります。
ちなみに「泥坊」もそうですね。歴史的には使われてきたので間違いではありませんが、今は「泥棒」が普通で、不用意に「泥坊」と書くと読者の中には間違いと思う人もいるでしょう。
NHKに問い合わせ「心ズキズキ」
国会会議録でも検索しました。戦後しばらく「泥試合」「泥仕合」が混在しますが、「泥試合」が優勢です。1945~54年の10年間で「泥試合」26件に対し「泥仕合」は6件。しかし「泥試合」は77年を最後になぜか使われなくなります。
さて、では「ブギウギ」は。劇中の雑誌の対談は戦後から数年の間とみられ、まだ毎日新聞の見出しや国会会議録などでは「泥試合」がよく出ていたころです。雑誌の用字基準はわかりませんが、当時は「泥試合」の見出しがバーンと出てもおかしくない時代だったといえるのではないでしょうか。
しかし、番組スタッフがそこまで調べて「泥試合」を使ったかは聞いてみないと分かりません。
次に②の可能性ですが、「いいかげんな雑誌」という印象を与える演出上の意図があったとすると、もっと分かりやすい誤字にしてドラマの中で「間違えとるやないか」などと校正ミスをあげつらうのではないでしょうか。あるいはテロップで「この雑誌には今では不適切と考えられる漢字が含まれていますが、その時代の文字遣いを忠実に反映させるためあえてそのまま放送します」のように注釈を加えるとか……って、民放の別のドラマみたいになってしまいますね。
気になるのでNHKにメールで問い合わせると、
正しい表記は「泥仕合」でした。確認が不十分でした。
という回答でした。うーん、最初に挙げた可能性のうち①でしたか。それをここで明かしてしまうことは「心ズキズキ」です。でも「誤解を招いたとすれば不適切でした」とかいう政治家の釈明よりはストレートですっきりします。ありがとうございました。
【岩佐義樹】