昨年、上野動物園で生まれたジャイアントパンダのシャンシャン(香香)。かわいいですね。ニュースで写真や映像を見るたびに思わずにやにやしてしまいます。
何度も応募した抽選にはことごとく外れ、先着順の整理券を得る機会も作れず、実物になかなか会えずにいたのですが、先日、ようやく会えました。
元気に歩き回るシャンシャン(手前)と母シンシン=東京都台東区の上野動物園で2018年8月8日
さて、そのシャンシャンが1歳の誕生日を迎えた日に、次のような記事がありました。
シャンシャン人気で上野動物園は昨年度、6年ぶりに入園者数が400万人を突破した。だが、シャンシャンは協定により2歳になれば中国へ帰る見通しだ。東京都は来年度にも次の赤ちゃんが期待できる両親の貸与延長を中国側に働きかける。(中略)
ジャイアントパンダは中国にも野生が約1800頭しかおらず、両親2頭は都が「中国野生動物保護協会」と結んだ協定に基づき11年2月に来日した。協定では生まれた子の所有権も中国側にあり「生後24カ月」で返す取り決めだ。
「『生後24カ月』で返す取り決め」まで読んだところで、あれ、と思いました。というのは、その前に「2歳になれば中国へ帰る見通し」と書かれていたからです。「返」か「帰」のどちらかにそろえたほうがよいのではないか――。
「事物」か「人」か
同音・同訓異字の使い分けを定めている「毎日新聞用語集」で「かえす・かえる」という項目を引いてみます。
返〔主として事物に。元(の状態)に戻す・戻る〕言い返す、生き返る、命は返らない、裏返し、追い返す、贈り物を返す、恩をあだで返す、返す返すも、返り咲き、返り初日、返り入幕、原点に返る、3点を返す、自然に返る、借金を返す、正気に返る、先祖返り、土に返る、とって返す、とんぼ返り、寝返り、白紙に返す、紛失物が返る、昔に返る、野性に返る、領土を返す、我に返る
帰〔主として人に〕家に帰る、生きて帰る、親元に帰す、帰らぬ人となる、帰り車、帰り新参、帰り道、里帰り、初心に帰る、童心に帰る、領土が帰る
主として事物には「返」を、主として人には「帰」を使うという原則に従うなら「中国へ返る」のほうがよいかしら、とも思ったのですが、前掲の記事は次のように締めくくられていました。
都の担当者は「シャンシャンが帰り寂しくなるのも分かるが、パンダをどう守るかを考えれば中国でパートナーを作る方がいい」と話した
こちらを「シャンシャンが返り」とするのは、ちょっと違和感が……。デスクと相談し、結局もとの表記のままとしました。「『生後24カ月』で返す取り決め」のほうは「ものの使用・収益・処分をすることのできる権利」(三省堂国語辞典第7版「所有権」)というモノ的な見方、つまり「返還する」という意味合いがあるので「返す」。一方で「シャンシャンが帰り寂しくなる」のほうはシャンシャンを擬人的に捉えて「〔来ていた人が〕去る」(同「帰る」の②)と捉えて「帰る」に落ち着きました。
動物を単に「動く物」と捉えることに抵抗のある人は少なくないと思います。特に、パンダのように見た目が愛らしい動物であればなおさら。しばしば問題視される「動物に餌をあげる」という言葉遣いも、そのような心情から自然と出てくるものなのでしょう。
母シンシンと同じようにササを食べるシャンシャン(奥)=東京都台東区の上野動物園で2018年8月8日
パンダは「もふもふ」?
動物といえば、先ごろ平昌冬季五輪のフィギュアスケート女子の金メダリスト、ロシアのアリーナ・ザギトワ選手に贈られた秋田犬も話題になりました。女の子、もとい、雌だけど「日本語で勝利の意味」ということで「マサル」と名付けられた秋田犬。シャンシャンに負けず劣らずのモフモフ姿がかわいいです。
ところで、この「もふもふ」というオノマトペ、今年10年ぶりに改訂された広辞苑第7版をはじめ、いくつか辞書を引いてみましたが、載っていませんでした。インターネット上の辞書、デジタル大辞泉には「動物の毛などが豊かで、やわらかいさわり心地であるさま」「2000年代後半頃から広まったとみられるインターネットスラング」とありました。
もふもふに似たオノマトペを思いつくままにいくつか並べてみます。(語釈はいずれも大辞林第3版)
・もこもこ:毛が多くて、ふくらみのあるさま
・ふわふわ:やわらかくふくらんでいるさま
・ふかふか:やわらかくふくれているさま
これらを比較してみると、もふもふにあってその他にないのは「さわり心地」といえるでしょうか。もっとも、パンダに対してもふもふという言葉を使うことに違和感こそ覚えませんが、実際にはパンダは剛毛らしいので「やわらかいさわり心地であるようなさま」とするのが正確かもしれませんが。
毎日新聞の記事データベースで「もふもふ(モフモフ)」を調べてみたところ、使用例は多くありませんが10年代前半から登場しており、昨年あたりから登場回数が増えているようです。最近ではテレビ番組のタイトルにも使われているので、もふもふは今やスラングではなく市民権を得つつある言葉なのかもしれません。シャンシャンの成長とともに「もふもふ」の使われ方についても引き続き注視してみたいと思います。
【西本竜太朗、写真も】