「悩ましい」という言葉の使い方について伺いました。
目次
「ふさわしくない」は少数派
どう判断するか「悩ましい」問題だ――この使い方をどう感じますか? |
問題ない 55.2% |
違和感はあるが許容できる 30.1% |
「官能を刺激する」意味の語で、ふさわしくない 14.8% |
「悩ましい」という言葉を「悩ましい問題」のように使って違和感がないかという問いには、「問題ない」とした人が半数を超えました。「許容できる」という人も合わせると8割を超え、「ふさわしくない」という人は少数派でした。
辞書編集者にも「悩ましい」言葉だったが
辞書編集者の神永暁さんは、「悩ましい国語辞典」(角川ソフィア文庫、単行本=時事通信社=は2015年)の「はじめに」で、以下のように記しています。
現代語の「悩ましい」は、「悩ましい姿態」などのように官能が刺激されて心が乱れる思いであるという意味で使われることが多い。したがって、最近まではその意味しか載せていない国語辞典がほとんどであった。だから、ひょっとすると本書のタイトルに違和感をもった方もけっこういらっしゃるかもしれない。だが近年になって、「どちらを選択するべきか悩ましい問題だ」のように、どうしたらいいのか悩んでいる状態であるという意味の用法が広まりつつあるのである。
(中略)だが、実は『日本国語大辞典』を見ると、苦悩の意味の方が古い用例が存在することから、こちらが原義で、官能の方が新しい意味だと考えられるのである。
神永さんも「官能が刺激されて心が乱れる」という意味が本来のものだと思っていたようですが、実はそうでもないということを知って、余計に「悩ましさ」を感じていたようです。続編の「さらに悩ましい国語辞典」(時事通信社、2017年)でも、同様に「悩ましい」について記しており、文化庁の国語世論調査での変化について触れています。この調査の結果については、まとめて触れておきましょう。
「(a)悩ましい目つきで誘惑する」と「(b)AかBかの選択は悩ましい問題だ」のどちらを使うかという問いかけです。結果は各年度以下の通りです。
2001年度 2015年度
(a)を使う 39.1% 21.2%
(b)を使う 22.4% 38.5%
どちらも使う 9.1% 17.7%
「どちらも使う」を含めると2001年度には5割近かった「悩ましい目つき」が、2015年度には4割弱に、一方で「悩ましい問題」が、「どちらも使う」を含めると3割強から6割弱まで伸びています。十数年しかたっていないことを考えれば顕著な変化と言えそうです。今回のアンケートでも、「悩ましい問題」に対して許容できないと感じる人が少なかったのは、こうした変化の流れに乗ったものと言えそうです。
最近の辞書の説明は…
明鏡国語辞典(3版)は「悩ましい」の項目で「近年②の意味〔官能を刺激して心の平静を奪うさま ※以下亀甲内は引用者注〕に使われることが多いが、①の意味〔悩みが多いさま〕の方が原義で、古くから用いられてきた」と説明し、元々は「悩ましい問題」のような使い方が普通だったとしています。
三省堂国語辞典(8版)も「②〔性的魅力で心が乱される感じだ〕が本来の用法と言われることがあるが事実でない。古くは心身がすぐれない感じを言い、近代以降、特に心や頭をなやませる感じを言うようになった。②の用法はそのあとに広まった」としており、官能にまつわる意味は比較的最近のものであると説明します。
青空文庫を見ても、
こう暑くなっては皆さん方があるいは高い山に行かれたり、あるいは涼しい海辺に行かれたりしまして、そうしてこの悩ましい日を充実した生活の一部分として送ろうとなさるのも御尤(もっと)もです。
幸田露伴「幻談」(強調は引用者)
と、幸田露伴のような人がさらりと使っている様子から、特に官能の意味に引っかかる必要はないものと思えます。
というわけで、過去の一時期に使われることが多かった「悩ましい」の官能に関わる意味が気になる人もあるかもしれませんが、「悩ましい問題」のような使い方は歴史もあり、また多くの人に支持されるものなので、気兼ねなく使って差し支えないと考えます。
(2024年01月22日)
「悩ましい」という語は日本国語大辞典(2版)をひくと、最初に「悩みが多いさま」として「思いわずらう気持である。気持が苦しくつらい。難儀だ」との説明を付し、日本書紀から用例を挙げています。対して「官能が刺激されて心が乱れる思いである」という意味は3番目に挙げられており、用例は20世紀のものです。
であれば、あえて「本来の」使い方というなら「悩ましい問題」のような形が古くから使われている、ということになります。三省堂国語辞典(8版)は、性的魅力で心が乱されるという意味が「本来の用法と言われることがあるが、事実でない」と記しています。
文化庁の国語世論調査では、2001年度と15年度に「悩ましい目つき」と「悩ましい問題」のどちらを使うか聞いていますが、「目つき」より「問題」が使われるようになるという変化が表れています。使い方の悩ましい語と感じる人もあるようですが、皆さんの捉え方はいかがでしょうか。
(2024年01月08日)