写真を撮られる場合にも「記念撮影する」と言えるか伺いました。
目次
「する」派が4分の3占める
記念写真を撮りますよー。写真をとられる側からすると、どの表現がなじみますか? |
「記念撮影する」がよい 43.1% |
違和感はあるが「記念撮影する」で許容できる 31.2% |
違和感がある。「記念撮影される」がよい 2.3% |
違和感がある。「記念撮影に応じる」などとしたい 23.5% |
撮られる側であっても「記念撮影する」と言ってよいとした人が4分の3を占めました。「記念撮影する」という行為を大きく捉えると、写真に納まるということも、撮影という行為に含まれると見なされるのかもしれません。
首相が自ら撮影?
先の国会を一時にぎわした、首相公邸での忘年会問題。首相秘書官を務めていた岸田文雄首相の長男が、首相の住居でもある公邸で忘年会を開き、組閣の際の閣僚集合写真を模して撮影をしていたことなどが雑誌に掲載されて批判を招きました。
さらに、忘年会には首相も顔を出して「自らも記念撮影していた」と報じられました。首相が写真を撮ったかどうかなんてどうして分かったんだろうと思いましたが、それは考え違いで、首相が記念写真に納まっていたということです。当該の週刊誌を見ると、首相がにこやかに記念写真(閣僚風ではない、普通の集合写真です)に写っています。
「撮影」は「写真や動画を撮ること」(岩波国語辞典8版)のように説明されるのが一般的で、これに従えば首相は「記念撮影された」とあるべきではないかと見えます。しかし、「記念撮影される」のような言い方がされることも、あまりないのではないでしょうか。
総体として「記録を作ること」
明鏡国語辞典(3版)の「撮影」の項目は少し詳しく説明しています。
カメラなどの機器を使って物体の像を記録すること。また、そのようにして写真・ビデオ・映画などを作り出すこと。撮ること。
最後に「撮ること」と付けてはいますが、「記録すること」「作り出すこと」という重点の置き方は、岩波のようなシンプルな説明とはニュアンスが違うようです。映像記録を作ることが「撮影」だとするなら、被写体の側も「撮影」という行為に含めることができるとも考えられるからです。
実際には自分は「される」立場にある行為でも、その行為を全体として捉え、「する」というケースはあります。例えば「手術」。私ごとで恐縮ですが、出題者は先ごろ目の手術を受けました。受けたのですが、人に話す場合は「目を手術した」と言いがちです。実際に「手術した」のは執刀医で、こちらは「手術された」のですが、そのように言うことはありません。
ワクチンを「接種する」も同様です。新聞紙面では主客をはっきりさせるため、医療者側が「接種する」と書くように心がけていますが、ワクチンを受けた人を指して「ワクチン接種者」のように言うこともあります。
撮られる場合も「する」でよさそう
こうしてみると、今回のアンケートで4分の3が「記念撮影する」を認める、ないしは許容するというのは自然なことと考えられます。もちろん、文章上の流れが許すなら「記念撮影に応じる」「記念写真に納まる」のような言い回しを使えば違和感もなくなるとは思いますが、あまり気にする必要はないと言ってよさそうです。
(2023年07月06日)
岸田文雄首相が「自らも記念撮影していた」――世間を騒がせた首相公邸での忘年会の一コマといいます。首相秘書官を務めていた首相の長男が親族たちと開いたというもので、組閣時の記念写真を模した写真が流出して批判の声が上がりました。▲それとは別に、首相も忘年会の参加者とともに写った写真が雑誌に載り、新聞でも報じられました。「自らも記念撮影していた」という文言に、「首相が撮影した写真か」と一瞬思いましたが、さにあらず。上機嫌そうに写真に納まっています。▲この「記念撮影する」という言い回しは、使い方に少し戸惑うことがあります。「撮影」は「写真や映画をとること」(大辞泉2版)ですが、「とられること」を指して使われる場合も少なくないためです。特に、単に「撮影」というよりも「記念撮影」だとなおのこと、とられる場面で使うことが多いようです。実際のところ、皆さんは「記念撮影する」でなじむと感じるでしょうか。
(2023年06月19日)