邸宅の「主」とある場合の読み方について伺いました。
目次
4分の3は「あるじ」を選択
跡地が発見された邸宅の「主」は誰なのか――カギカッコの中、どう読みますか? |
あるじ 74% |
しゅ 2.1% |
ぬし 23.9% |
なんとなく、そうなる気はしておりましたが、「あるじ」が他の選択肢に大差を付けました。ほぼ4分の3を占め、次点の「ぬし」にトリプルスコア。「あるじ」は常用漢字表には載っていない読み方ですが、一般には抵抗なく使われていることがうかがえます。
「あるじ」と「ぬし」は違う?
しかし果たして「あるじ」と「ぬし」はニュアンスが違うのか。今回の質問文のようなケースについて考えるべく、角川類語新辞典の「所有者」の項目を見ると
[主(ぬし)]持ち主。所有者「この農地の主は誰ですか」
[主(あるじ)]持ち主。所有者「この家の主は勤め人です」
とあります。……同じです。ニュアンスの差も大して感じられません。言葉としては「ぬし」の方が「あるじ」よりも広く使われるものではありますが、こと「家の主」となると、家の所有者としても、一家の統率者としても、「あるじ」「ぬし」ともよく使われるとしかいいようがありません。
所有者としてなら「ぬし」に分か
古典基礎語辞典(角川学芸出版)は掲載語の説明が詳細なので、これを頼りましょう。「あるじ」の解説は以下の通りです。
主人の意の上代語アロジの母音交替形。国や家などの代表としての機能・役目を果たす存在をいう。(中略)
類義語ヌシ(主)は、その土地や家、人を全面的に領有し、他の介入を許さない存在。家のアルジは「男あるじ」「女あるじ」の両方が存在しうるが、家のヌシは一人に限られる。ただし、中世以降、家の住人の意ではアルジとヌシは混同して使われることがある。
念のため「ぬし」の方も見てみましょう。
「…の大人(うし)」の、ノ(格助詞)ウシ(主人の意)が約(つづ)まった「…ヌシ」の形が独立して名詞化したものか。
その土地や家・物・人を全面的に陵侑・所有し、他の介入や干渉を許さない存在をいう。(中略)
類義語アルジ(主)は、国・家などの代表としての機能・役目を果たす存在、中心となる人。所有者としての意味はヌシのほうが強い。
最後の一文「所有者としての意味はヌシのほうが強い」というあたりがポイントでしょうか。「この家は誰の?」という問いが所有者を尋ねるものであれば、答えは一家の長ではなく家主(やぬし)になるのがふさわしいといえます。その限りでは「ぬし」に分があるかもしれません。
読み方はお好みで問題なし
ただし「中世以降、家の住人の意ではアルジとヌシは混同して使われることがある」とあるように、「あるじ」と「ぬし」は意味の差を意識せずに使われる場面も多いようです。どちらが良いという話でもなかろうというのが率直な感想です。
毎日新聞に「邸宅の主は舎人親王ではないか……」と書かれた時も、主を「あるじ」と読んだ人が多かっただろうと推測します。もしかすると書き手もそう意識していたかもしれませんが、「ぬし」と読んでも差し支えない以上、「主」と書くことに問題があるわけではありません。
アンケートの結果から見れば4分の3が「あるじ」を選んでおり、一家の長を指す語として、またその在所の主人として「あるじ」を選ぶ傾向があることがうかがえます。常用漢字表に記載のない表外訓ではありますが、漢字表も「そう読んではいけない」といった規制をするものではなく、読み方はお好みのものを選んで問題ないと考えます。
(2023年06月04日)
先ごろ奈良の平城京跡から、大きな邸宅の跡地が見つかりました。専門家は、天武天皇の皇子で「日本書紀」の編さんを主宰したことで知られる舎人(とねり)親王が邸宅の主である可能性を指摘しています。▲この場合の「主」をどう読むか。選択肢に挙げた三つがおもな読み方であろうと思います。いずれも意味は相通じるものですが、このうち常用漢字表に記載されているのは音読みの「しゅ」と訓読みの「ぬし」。もし新聞で「あるじ」と読ませたいならば、漢字は使わずにかな書きにする必要があります。▲質問文の場合は「ぬし」でも「しゅ」でも支障なく、校閲から積極的に「あるじ」とするように求めることはありません。ただ、一般的にどう読まれるのかというのは気になるところです。皆さんはどの読み方がなじむと感じるでしょうか。
(2023年05月08日)