都合により連載を休む場合、どういうおことわりの言葉を使うべきかうかがいました。
目次
うわべだけの礼儀?
都合により連載記事を休みます――読者への「おことわり」はどう書くべきだと思いますか。 |
休載します 23.4% |
休載いたします 66.4% |
休載させていただきます 10.2% |
「休載いたします」が最多で3分の2を占めるという結果になりました。この質問は実は「休載おことわり」についてどう書くべきか、という問題もさることながら、「させていただきます」がどういう割合になるかという点がむしろ興味の対象でした。よく使われる割に不人気のようです。
何でもかんでも「させていただきます」と言う人が多いと苦言を呈する人は少なくありません。その事情を意識してか、最近の辞書では手厚く解説しているものがあります。「させていただく」で立項する辞書はまだ少ないのですが、二つ引用しましょう。
させて-いただく【させて頂く】[連語]「(Aに)させてもらう」の謙譲語。自分の行為について、Aに…させてもらうのだというとらえ方をし、さらに「いただく」という謙譲語を用いてAを高める言い方。Aの許可を得て行う場面や、Aの意向によって行うと見なせる関係の場合に使う。
(明鏡国語辞典3版)
①許しをもらってするときの、けんそんした言い方。②許しをもらってするかのように、自分の行為をけんそんする言い方。③思いどおりにするとき、うわべだけ礼儀を示した言い方。
(三省堂国語辞典8版)
――それぞれ「させていただく」の説明の一部にすぎません。気になるという人は、許可も得ずに勝手にすることなのに「させていただく」を使うことに「うわべだけの礼儀」と感じていると思われます。
司馬遼太郎さんの由来説は
新聞の一般記事では「させていただきます」が出る場面がないため、批判にさらされることはほとんどありません。しかし、定期的に使う場面は新聞には必ず訪れます。それが休刊日の「おことわり」です。
元日付の1面には2日には休むという社告が載るので、元日付紙面を調べると、毎日新聞では1977年まで、2日付新聞は「休みます」とあったのが、翌年から「休ませていただきます」に変わっていました。今も毎日新聞では「休刊とさせていただきます」を使っています。「させていただきます」が気になるという人が多いとされますが、半世紀近く続いているので、これに関しては目くじらを立てる読者が多くないのかもしれません。
新聞の「させていただきます」という相手は言うまでもなく「読者」ですが、許可をいただいて休刊しているわけではありません。新聞社の都合です。ただ、新聞にも休みがあるというのはある程度読者に理解されているとみなせば、三省堂国語辞典の②の用法と取れるかもしれません。
ところで、誰がこの言い回しを始めたかについて、司馬遼太郎さんは面白い見解を唱えています。井上ひさしさんとの対談「国家・宗教・日本人」(講談社、対談の初出1995年)でこう言っていました。
八、九年前にどなたかの短い文章で、近ごろ耳障りな言葉の一例として、「何々させていただきます」という言い方を挙げた人がいます。私はまったく同感だったんですが、政治家の答弁はほとんど「何々させていただきます」のオンパレードで、それが嫌らしい、かつての語法にはなかった、と書いていました。
この人の嫌らしいという意味は、私は百パーセント分かります。なぜかと言えば、この言葉は私の憶測では大阪の船場でできあがった。船場にはいろいろな国の人が集まりましたが、有力なのは近江の人でした。その近江の人はほとんどが真宗の門徒で、子どものころからお寺へ行って説教を聞いている。その説教は、われわれは阿弥陀如来によって生かされているというのが中心です。阿弥陀さんのおかげでこうやってご飯を食べさせていただいている、今日も元気で学校へ行かせていただくというような、阿弥陀如来を前にしての謙虚さの表現でした。
昭和初期の東京でも用例
この由来説が正しいかどうかは分かりませんが、宗教的・道徳的な背景があるとすると、例えば国会で石原慎太郎さんが不適切発言をして「誤解を招きやすい表現と思いますので、これは深く反省させていただきます」と言ったような例(1977年)は「嫌らしい」と感じられるのかもしれません。
いや、宗教性を抜きにしても、従来はあまり耳にしなかった表現が繰り返し使われるようになると、違和感や反発を示す向きが多くなることは「させていただきます」に限らず言葉の変わり目ではよくあることです。
ただし、「させていただきます」は、最近関西から伝わった表現ではなく昔からあります。例えば「蕎麦通・天麩羅通」(広済堂文庫)では、江戸時代に生まれた江戸っ子のそば屋、村瀬忠太郎が1930(昭和5)年に「一言述べさせていただきます」と言っています。同年、東京・神楽坂の天ぷら屋の主人、野村雄次郎も「少々怪気焰を上げさせて戴きます」などと書いています。前者の例はともかく、怪気炎を上げるに許しもなにもいらないでしょうから、辞書にある前提としての「相手の許可」とは関係ない使い方が東京で既に生まれていることが分かります。
「休業させていただきます」や「休刊とさせていただきます」も、客の許可なくいわば勝手に休むのですが、「許しをもらってするかのように、自分の行為をけんそんする言い方」(三省堂国語辞典)といえるのではないでしょうか。
もはや謙譲語ではなく
では、「休刊いたします」とならないのはなぜでしょう。今回のアンケートでは「休載いたします」が最も多かったのに、実際の毎日新聞の使用件数を比較すると、「休載します」672件、「休載いたします」8件、「休載させていただきます」0件(4月23日時点で地域面を含む検索可能な件数)と、最もシンプルな「します」が最多です。
実は、個別具体的なマニュアルではないのですが、毎日新聞用語集には「敬語はできるだけ平明・簡素に、しかも敬意を失わないように使う」という原則があります。だから読者向けのお知らせでも、敬語が過剰にならないようにしています。連載のお休みは「休載します」とさらっと済ませるのも、その一環といえるでしょう。
一方、新聞発行自体の休刊は囲みをつけた文章として「休刊とさせていただきます」と丁寧に書いてはいます。しかし、「休刊といたします」よりも丁寧かというと、あまりそんな感じはしないのではないでしょうか。
「させていただく」の使い方について、豊富な調査に基づき専門書や新書で発表している椎名美智さんは「相手への敬意を示す敬語(謙譲語)」ではなく「自分の丁寧さを示す敬語(丁重語)」へと変化していると分析しています(角川新書「『させていただく』の使い方」)。
つまり、既に「させていただきます」の敬意は低減し、決まり文句に過ぎなくなっている気がします。そしてその方が、定例のおことわりとしては無理のない表現といえるのかもしれません。
ただ、決まり文句もあまり繰り返すと嫌らしくなります。表現の貧弱さを避けるためにも「させていただきます」の多用は避け、適宜別の表現にする方がよいと思います。
(2023年04月27日)
「させていただきます」の使い方はよく話題になります。上司に休みを願い出た上で「明日は休ませていただきます」と使うのは正しいけれど、予告なく突然、自分の都合で「休載させていただきます」というのは変、などといわれることがあります。▲最近、椎名美智さんの「『させていただく』の語用論」(2021年)が出て取り上げられることが増えましたが、乱用が気になるということは以前から指摘されてきました。▲しかし、毎日新聞でも1970年代から毎月「休刊とさせていただきます」などの休刊日社告が載っていますが、特に指摘がないせいか数十年続いています。一方で個別の連載については「休載します」が主流です。皆さんの感覚をうかがったうえで、改めて「させていただく問題」を考えてみます。
(2023年04月10日)