「広島風お好み焼き」と言うと広島の人は怒るので「広島風」は取った方がよいかと聞かれました。筆者は広島出身ですが、「広島風」でよいと答えました。この問題はよく話題になり、「広島流」という言葉も生まれています。広島サミットを前に調べました。
「『広島風お好み焼き』って言うと広島県人は怒るそうなので『広島風』を取りましょうか」
ある原稿の写真説明に「広島風お好み焼き」とあり、複数の人に相談されました。私は広島出身ですが、反対しました。「全国に行く紙面としては『広島風』でよい」と確信を持って主張しました。
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広島の人は「広島風」に怒る?
結局そのままで紙面になりましたが、後で「広島のお好み焼き」とする方法もあったかなと思いました。
説明は不要かもしれませんが念のため。広島のお好み焼きはクレープ状の小麦粉、焼きそば(またはうどん)、潰した目玉焼きを重ねて焼くのが一般的です。「重ね焼き」と言われます。これに対し、関西のお好み焼きはまぜたものを焼くので「まぜ焼き」と言われます。
さて、調べると、広島市が本社の中国新聞社が昨年、LINEでお好み焼きの名称について聞いていました。中国新聞デジタル2022年9月3日の《「お好み焼き愛」の裏返し? 呼び方問題に広島県民たちから異論反論200件》から一部引用します。
県内の介護士女性(29)が夕食にお好み焼きを出したところ、大阪出身の彼氏が「なんや広島風か。俺は普通のお好み焼きが好きやわ」と発言。我慢ならず「は? こっちが本家よ。混ぜるだけの関西風と一緒にしないで」と、険悪ムードに。
ああ、この気持ちはちょっと理解できるなあ。私も例えば以下のような毎日新聞の大阪府内の記事に対してはピキッとして反論したくなります。
広島のお好み焼きは広島焼きと言うのです。いかに広島にお好み焼きばかりのビルが乱立しようと、お好みの本場は大阪である筈なのだ、絶対に。
どうも、関西のまぜ焼きが「本場」と言われると「絶対違う!」と叫びたくなるのが広島の人の常なのかもしれません。
実は東京市が発祥
しかし。どちらが発祥かというと、これは決着がついているそうで、どちらも違います。発祥は戦前の東京市で、大阪も広島もそこから伝わったとのことで、近代食文化研究会著「お好み焼きの物語」(新紀元社刊)に詳しく論証されています。だから「こっちが本家」と言い争うのは詮ないこと。
だとしても名称の問題は残ります。シャオヘイ著「熱狂のお好み焼~お好み焼ラバーのための新教科書~」(ザメディアジョン刊)では「○○風というのは○○っぽいというニュアンスがある」「どこかバッタもん臭い」と書かれています。
もっともですが、「和風」という立派な言葉だってあるのですから、「風」自体が不適切というわけではないでしょう。それに「広島風」を名乗るのは、広島の地ではない店の場合にはやむを得ないとして私は受け入れてきました。広島在住の人も「広島風」は許容範囲とする声は少なくありません。
2021年に亡くなった児童文学者、那須正幹さんの「広島お好み焼物語」(PHP研究所)はタイトルこそ「広島お好み焼」ですが、中では多く「広島風お好み焼」と書かれています。
「広島焼き」は日本語として奇妙
先に挙げた中国新聞デジタルの記事では、「広島風」よりも「広島焼き」という言葉への怒りの声が連ねられています。「広島風は百歩譲って我慢するが、広島焼きは絶対許せない」「悪気はなくても地元民の感情を逆なでする言葉。『広島を焼いた』みたいに聞こえるのも気分が悪い」――。
「熱狂のお好み焼」からも引用しましょう。
この言葉は僕たちに妙な居心地の悪さを感じさせる。
広島焼というのは戦後、最もメジャーになった大阪市を中心とした混ぜ焼きと区別しようとしただけで、他意はないというか、ほとんど思考せず反射的に名付けたと思われる。日本語において、土地の名前に「焼」をつける場合は通常、陶磁器を指す。
広島には原爆が落ちたから、「焼く」という言葉に敏感なのだとうそぶく人もいるがそうではない。広島煮や広島揚げと同じように、日本語として奇妙なのだ。
私も「広島焼き」というのには違和感を持ちます。一方、広島の人すべてがそうではなく、例えばNHK広島放送局の武本大樹アナウンサーは「個人的には、おいしい!とか、広島を知ってもらえるのであれば『広島焼き』でもいい!と思っております」と語っています。
いつの間にか「広島流」も全国に?
ところで、私が知らないうちに「広島流お好み焼き」という表記も出ていました。例えば広島県のコンビニでは「広島流お好み焼」という商品が売られていました。また広島駅前の店でもその看板を出す店がありました。
千葉県習志野市にもありました。「鉄ちゃん」を訪ねました。冒頭の写真はそこでいただいたものです。
ここのお好み焼きに入る焼きそばはパリパリ。同じ広島風でも軟らかいものを私は食べていたので新鮮でした。店主に聞くと、30年前くらいからこの看板だとのことです。前の店主の「プライド」で「風」にしなかったとか。そんなに前から「広島流」があったとは知りませんでした。
私は名古屋市の繁華街でも「広島流お好み焼き」の看板を見ました。知らないうちに全国に広がっているのかもしれません。
写真にも旗が見えますが、お好み焼きに欠かせないのが「オタフクソース」。「熱狂のお好み焼」によると、「オタフクソースは一時期、広島流お好み焼と呼んでいた」とあります。メールでいつからいつまで使っていたのか聞いたところ、次の回答を寄せてくださいました。
90年代はじめ頃、世の中や広島県外のお好み焼店様では「広島風」がよく使われており、「風」ではまねたもののようになることが気になって当社は「広島流」を使っていました。
「広島流」をいつ頃から使っていたのかは不明です。そのうち、「札幌ラーメン」「博多ラーメン」のように、その地域のお好み焼であることを表現できるように「広島お好み焼」に統一しようと決めました。それがおそらく、2008~09年の頃のことだと思われます。
その頃当社は、Wood Egg お好み焼館というお好み焼のミュージアムを開館したり、社員の我流が多々あった広島お好み焼のレシピを統一したりと、社内の体制を整えてお好み焼にまつわる表現を統一して発信するようになりました。当社の会長に相談したところ、2009年に現在の広島県知事が初当選した際のごあいさつで、「『広島お好み焼』と呼ぶようにしよう」と声をかけたと申しておりました。これらを鑑みて、「広島流」という言葉の使用については2007年ぐらいまでだと思われます。
広島人の「鉄板ネタ」かも
なるほど、同社がいつ頃まで使っていたかはわかりましたが、しかしその後も一部では「広島流」を掲げる店が残っているということです。もっとも、「広島風」に取って代わるほどの勢いがあるとはいえません。
オタフクソースが提唱する「広島お好み焼き」が妥当な線であることは間違いありません。ただし、いったん付いた「広島風」の名称を突き崩すほど広がっているかどうか。毎日新聞の地域面を除いた件数では「広島お好み焼」8件、「広島流お好み焼」1件、「広島風お好み焼」31件。少なくとも現状は「広島風」が圧倒しています。
「広島お好み焼き」が好ましいことは全く異存がないのですが、全国に届く新聞としては「広島風お好み焼き」とあると「風」を取るよう指摘するほどの根拠は、今のところ薄い気がします。
もう一つ、中国新聞デジタルに寄せられた声を紹介します。「広島焼き、広島風という表現に怒るのは広島人の持ちネタで、あいさつのようなもの」
テレビが「関西風VS広島風」などの特集で、広島風と言うと怒る芸能人などを面白おかしく流すうちに、みんなそうだという先入観が一部で生まれているのかもしれません。でも、案外本気で怒っているのではなく、広島の人自身も「鉄板ネタ」として面白がっている人も多いのではないでしょうか。
さて、もうすぐ広島サミット。広島のお好み焼きが各メディアに取り上げられるとすると、どういう表現になるか、注目したいと思います。
【岩佐義樹】