「じゃあ源頼朝は…? キラキラネーム議論は白熱した 法制審議会」。2月2日の毎日新聞ニュースサイトの見出しです。個人的に「そそられる」見出しでした。しかしこの記事では、朝がなぜ「とも」となるのかという疑問に答えてくれません。私なりに調べつつ、日本人の名付けについて考えます。
目次
頼朝は当時のキラキラネーム?
じゃあ源頼朝は…? キラキラネーム議論は白熱した 法制審議会 | 毎日新聞 (mainichi.jp)
この記事(有料)は、法制審議会が議論してきた「戸籍に記す氏名の読み仮名は、漢字の読みや意味からどこまで離れていいのか」という議論、つまりは、昨今問題になる「キラキラネーム」はどこまで許容されるべきなのかという問題に、要綱案が出された節目で書かれたものです。
奇抜な「キラキラネーム」への懸念から漢字本来の読みや意味に忠実であるべきだとの意見もあった中、通常と異なる読み方も許容してきた日本独自の「命名文化」を尊重すべきだとの見解もあり、議論は白熱した。
――と前文にあり、通常とは異なる読み方も許容してきた名前の一例として「源頼朝」が出ているのです。「じゃあ源頼朝は」はその意見を受けたものです。
「朝」を「とも」と読む例としては、源頼朝のほか、ノーベル物理学賞の「朝永振一郎」などがあります、私はかねて、なぜ「朝」を「とも」と読ませるのだろうと素朴な疑問を抱いてきました。昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で源頼朝がクローズアップされたことをきっかけに調べてみました。
「朝」から連想される漢字のイメージ
「人名の漢字語源辞典」(加納喜光著)には「『とも』は朝臣(朝廷の仲間)から連想」とあります。では朝が朝廷の意味になったのはなぜ?
「朝」は、日の出のころに潮が満ちてくる情景を設定した図形。この図形でもって、「あさ」の意味と「ある方向へ向かう」という意味の語を表記する。後者から、諸侯や群臣が集まってくる政治の中心の意味(朝廷)を派生する。
なるほど。次に「古語大辞典」で「あそん【朝臣】」を調べると②の意味として「廷臣同士で相手を呼ぶ敬称」とあり、「とも」への連想が発生する余地が感じられます。
でも、漢字の成り立ちには諸説あるのが常。次に「全訳漢辞海」を見ると、④の意味として「会同する。あつまる」とあります。文例として「礼記(らいき)」(王制第五)から
耆老皆朝于庠 きろうみなしょうニちょうス 老人がみな郷学(キョウガク)に集まる
が挙げられています。円満字二郎さんは「漢字ときあかし辞典」で、この意味から「ともにする」つまり「とも」の読みになったと推測しています。
「朝」には「つと」の名も
ちなみに、上記引用中の「庠」の字が最近、小学校の名前の一部として「庠舎」と出てきて、何と読むのか聞かれました。「よう」かなと思いましたが調べると「しょう」で、「まなびや」という意味と知りました。学びやに朝集うのは学友、つまり「とも」――朝廷の意味を介さなくても「朝→とも」の連想が働くのは無理がないといえそうです。
脱線しますが、出典の「礼記」王制第五から該当部分を探すうちに「入(い)るを量りて以(もっ)て出(いだ)すを為(な)す」という文言が見つかり、「おおっ、国の予算審議とかでもよく聞くフレーズだ!」と膝を打ちました。「収入をよく見定めてから支出を行う」という意味ですが、最近の財源論議など順序が逆ですね。
閑話休題。朝が「とも」の読みになる必然性はなんとなく分かりました。ただ漢和辞典の「名前」の項目にはほかにもいろいろな読みが掲げられています。その一つに「つと」があります。実際にこの読みの人を見た記憶はありませんが、なぜ朝が「つと」になるか、ぴんとくるでしょうか。
「枕草子」の第1段を思い出した方は分かったと思います。「春はあけぼの」「夏はよる」「秋は夕暮れ」、では冬は? そう、「つとめて」です。早朝という意味と、学校の古文で習ったと思います。
でも、どうして「つとめて」が早朝の意味になるのでしょう。国語辞典で「つとめて」を引いてもよく分からないのですが、そのちょっと前に「つとに」が載っていて「朝早く」「早くから」などの意味とあります。漢字は「夙に」。
連想が二つの方向に流れます。一つは「夙川(しゅくがわ)」という兵庫県の地名・学校名。もう一つは、毎日新聞用語集の「誤りやすい表現・慣用語句」にも載っています。
つとに→「早くから」の意。「最近つとに知られる」は「とみに」(急に)との混用か
とあり、注意を促しています。「朝」の由来が思わぬところで私たちの仕事につながっていることに、言葉の鉱脈の広がりを感じました。これだから語源調べはやめられません。
真剣な学びが感じられる?
ちなみに、織田信長の「信」を「のぶ」と読ませるのも、これまで何の疑問も持ってきませんでしたが、考えてみれば不思議です。これに円満字二郎さんは「漢字が日本語になるまで」(ちくまQブックス)で1章を設けて解説しています。詳細は読んでいただきたいのですが、
こういう読み方の背後には、昔の日本人が中国から何かを学ぼうとして真剣に重ねた努力のあとが、隠されているんだ。
という部分を引いた上で、キラキラネーム問題に戻りましょう。
仮に「笑情」と書いて「えんじょい」と読ませる名前を届けるとします。このようなちょっとした読みの改変で新たな当て字にすることが認められるか分かりません。戸籍法部会によると「一般の辞書に掲載されていない読み方の許容性を判断する基準として、 例えば、①漢字の持つ意味とは反対の意味による読み方、②読み違い(書き違い) かどうか判然としない読み方、③漢字の意味や読み方との関連性をおよそ(又は 全く)認めることができない読み方など」を不許可とする方向ですが、「笑情(えんじょい)」は抵触するか微妙です。
また「鬼宿」と書いて「たまほめ」という読みは認められるでしょうか。これはある漫画のイケメンの登場人物ですが、星座の和名でもあります。「悪魔」は認められなくても、「鬼」は鬼才などの字なので、許容されるかもしれません。ただ、昔の日本人が学んだような「真剣さ」が感じられないという気はします。
もちろん、誰かが使い始めた名前が広がって違和感がなくなることも少なくないでしょうから、開拓者的な親の工夫は否定できません。ただ、「読みにくい名前は本人にとって幸せか」という観点を第一に、子どもの名前も名付けの制度も決めてほしいと思います。
【岩佐義樹】