私が入社した2002年ごろ、まだ校閲職場ではそれほどコンピューターを使うことはありませんでした。疑問に思ったことを検索するなどの作業はしていましたが、初校した原稿に直しを入れる時は、紙に赤字を書いて担当者に渡して直してもらうという手順でした。そのころは紙の新聞を間違いのないものにすることを考えていれば大丈夫でした。
それが今では、手元にあるコンピューターで校閲記者が原稿の初校直しをしてから校了するようになりました。整理記者やインターネットのニュースサイトで原稿を使えるようになるのは校閲記者が校了してからというふうに原稿の流れも変わり、原稿のやりとりはコンピューター経由が基本になっています。
「ワンソース・マルチユース」という一本の原稿を新聞紙面、インターネットなどいくつもの媒体で使えるようにという考えに即して、校閲作業の位置づけも変わってきており、紙面だけでなくニュースサイトの校閲も担当するようになりました。また、表記をそろえたり言葉の間違いを正したりするだけでなく、インターネットで検索して事実関係を調べることの比重も大きくなっています。このように校閲職場でのコンピューターの役割は、この十数年で飛躍的に増し、今やなくてはならないものになりました。
コンピューターが導入されたことで、悪筆の原稿を判読できずに悩むといったことからは解放されましたが、その代わりにありがちな変換ミスに足をすくわれそうになることが増えています。例えば「発砲スチロール」「議員運営委員会」「安部首相」などなど、挙げればきりがないくらいです。
新聞制作作業でのコンピューターの比重は大きくなっていても、降版時間間際に手書きでゲラ(校正刷り)に書き込まれた赤字直しが出るのは日常茶飯事です。この間は「公的実現」という見慣れない言葉が入ったゲラを整理記者から受け取ったのですが、同時にもらった手書きの赤字直しには、殴り書きで「公約実現」と書かれていました。真剣に一文字一文字ゲラと赤字直しを突き合わせる校閲記者の読み方でなら気づける間違いでしたが、かなり崩れた字だったので「約」を「的」という右側のつくりが同じ漢字と間違ってしまうのも仕方ないなと思いました。結局、コンピューターを使おうが、手書きだろうが、あらゆるところに間違いのもとはあるようです。
これからもインターネットはどんどん発達するでしょうし、校閲職場でのコンピューターの役割も更に大きくなっていくことは想像に難くありません。それに合わせて仕事のやり方も変わっていくことでしょう。また、今は紙、パソコン、スマートフォンといろいろな媒体があります。けれども、どんな媒体であれ毎日新聞の記事を読んでいただいている読者のために、できるだけ読みやすい日本語で書かれた正確な記事を届けられるように、一文字一文字、一行一行をしっかりと読み、一つ一つの事実関係を調べて間違いのない原稿・紙面を作り上げていくという校閲記者の仕事の基本は変わりません。この基本をゆるがせにせず、発達するいろいろな技術とうまく付き合いながら、より良い校閲記者になれればと思っています。
【新野信】