「鑑みる」の前につく助詞について伺いました。
目次
「~を鑑みる」がやや優勢
現下の情勢「に/を」鑑みると――どちらを使いますか? |
~に鑑みる 36.5% |
~を鑑みる 44.8% |
上の二つのどちらでもよい 11.2% |
上の二つを意味により使い分ける 7.4% |
「~を鑑みる」を使う人が、「~に」を上回りました。校閲のツイッターには「~を鑑みる」と書くと「~に」に直されるという声が寄せられましたが、気にせず「~を鑑みる」を使う人が多いようです。
「かがみ」に由来する「鑑みる」
「鑑みる」はどういう言葉か。日本国語大辞典2版には「『かがみる(鑑)』の変化した語」とあります。「かがみる」の項目には「『かがみ(鏡)』の動詞化したもの」とありますから、「鑑みる」は「かがみ」に由来する動詞と考えてよさそうです。
意味、用例は「手本に照らして考える。また、他とくらべあわせて考える。『先例に鑑みて』『時局を鑑みるに』」(岩波国語辞典8版)というもの。「かがみ」は「姿・形を映す道具」の「鏡」と、「手本、模範」を意味する「鑑」(常用漢字表にない訓なので新聞では「かがみ」と仮名書き)とに書き分けられますが、「鑑みる」は手本と比べて見たり、あるいは鏡に映すようにして引き比べてみたりと、「かがみ」の二つの意味合いそれぞれに合った使われ方がされるようです。
「に」と「を」で意味は変わるのか
お気づきかもしれませんが、上の岩波国語辞典の用例は「先例に鑑みて」「時局を鑑みるに」と、「~に/を」両方の形を挙げています。これはおそらく意図的に、どちらが正しいかという疑問に対して、いずれも使えると示しているのでしょう。明鏡国語辞典3版も「過去の事例に鑑みる」「国際情勢を鑑みるに楽観は許されない」という用例を載せています。
しかし、助詞の接続が違っても同じように使えるというのは、不思議な感じもします。アンケートでも7%の人は「使い分ける」を選んでおり、「~に鑑みる」と「~を鑑みる」では意味が異なるのではないかという疑いが湧くのですが……。
文化庁の「言葉に関する問答集13」(1987年)は「『を心がける』と『に心がける』」という項目で、同じ言葉が「を」と「に」という異なる助詞につながる場合にどのような違いがあるかを検討しています。
「を」は、あとに続く動詞の表す動作・作用の対象を示す格助詞であり、「に」は、動作・作用・状態の対象、相手、成立点などを指定するときに用いる格助詞であるが、両者の用法は一部重なるところがある。
と問答集は指摘します。今回の「鑑みる」にこと寄せるなら、「現下の情勢を鑑みる」と言った場合には、「現下の情勢」が「鑑みる」の対象になります。「現下の情勢」をなにかと照らし合わせて考える、ということです。
しかし一方で「現下の情勢に鑑みる」といった場合も、やはり何かを「現下の情勢」に対して照らし考える、という意味になります。「に」と「を」で形は異なるとしても、実質的な意味はほとんど変わらないとみるべきでしょう。
こだわる必要はなさそう
校閲のツイッターへのコメントでは、役所関連では「~に鑑みる」が使われ、「~を鑑みる」は直されるという話があり、また法令でも「~に鑑み」が使われ、「~を鑑み」は使わないという指摘がありました。ただし、そのような運用があるとしても、それは「~に鑑み」が正しいからではなく、それが一種の書き習わしになっているのではないかと考えられます。
回答の際に見られる解説でも触れましたが、古くさかのぼれば「~を鑑み」の方が用例があるという事実もあります。あまり意味は変わらなくとも二つの言い方ができるケースがあるというのは「言葉に関する問答集」が指摘するとおりで、「~に/を鑑みる」も、特に個人の好みがあるというのでなければ、どちらを使うかについて取り立ててこだわる必要のない言い回しと言えそうです。
(2021年10月19日)
「過去の例や手本などに照らして考える」(大辞泉2版)という意味の「鑑みる」。大辞泉には「時局に鑑みて決定する」という用例が見られるので「~に鑑みる」がよさそうに思えます。▲しかし日本国語大辞典(2版)の一番古い用例は太平記のものですが、「臣が忠義を鑒(カンガミ)て、潮を万里の外に退け」とあり、「~を鑑みる」が使われています(「鑒」は異体字)。時代によって使い方が変化していると考えるべきかもしれません。▲9月に緊急事態宣言の延長が決まった際、菅義偉首相のツイッターに「こうした状況を鑑み、19都道府県の緊急事態宣言の延長を決定しました」というくだりがあり、「状況に鑑み」ではないのか?と疑問に感じた人もあったようです。間違いかどうかというかという問題ではなさそうですが、皆さんはどちらを使うでしょうか。
(2021年09月30日)