「イッカク千金」という言葉の表記について伺いました。
目次
「一攫」がやや優勢
一度にたやすく大もうけ――「イッカク千金」はどちらの表記がなじみますか? |
一攫千金 55.7% |
一獲千金 44.3% |
簡単に大もうけする意味の「イッカク千金」をどう表記するかは、辞書で主流の「一攫~」がやや優勢でした。代用表記とされる「一獲~」との差は10ポイント程度で、圧倒的と言うほどではありません。そもそも「一攫千金」のような表現自体が比較的新しいもののようです。
代用とされる「一獲千金」
国語辞典での表記は、手偏の文字「攫」を使った「一攫千金」です。見出し語に「一獲千金」を併記していたのは、出題者が確認した十数点の辞書の中では2点(三省堂国語辞典8版、三省堂現代新国語辞典7版)でした。
「『一獲千金』とも書く」とするもの(大辞泉2版、大辞林4版など)、「代用表記」と説明するもの(新明解国語辞典8版、岩波国語辞典8版)、新聞や放送では「一獲千金」を使うとするもの(明鏡国語辞典3版、新選国語辞典10版)など、「一獲千金」については説明の中で触れる辞書が目立ちます。一方で、記載の無いもの(広辞苑7版、日本国語大辞典2版など)や、「『一獲千金』は誤用」(現代国語例解辞典5版)とするものもあります。
「誤用」と断じる辞書は少ないのですが、代用表記とはどういうことか。1946年の内閣告示「当用漢字表」などによる漢字制限に対応するため、漢字表に入っていない字を他の漢字で書き換えるために使われる表記です。1956年には国語審議会による報告「同音の漢字による書きかえ」が示されています。その前年、1955年には日本新聞協会の新聞用語懇談会編「新聞用語言いかえ集」が出ており、その中に「一攫 一獲」という書き換えが載っています。
「一攫」は「ひとつかみ」の意で、一方の「一獲」は「一度に獲る」という意が込められているようです。「攫」「獲」のいずれも文字の中に「隻」を含んでいますが、これは鳥を手に持つ様子を表し、いずれの字も「とらえる」という点で意味が通じ合います。音読みも同じであることから、「獲」でいけると判断されたのでしょう。
誤表記か、別系統か
ただしこれが、当用漢字表が告示されてから考案された表記なのかというと、必ずしもそうなのかはよく分からないところがあります。手偏の「一攫千金」は日本国語大辞典では1886年の坪内逍遥「内地雑居未来之夢」が最も古い用例です。
一方の「一獲千金」は、国会図書館のデジタルコレクションを検索すると、1894年の石橋忍月「一獲千金俄分限」という作品がヒットします。
これが誤記なのかどうか、にわかに判別できないのですが、同じ書籍中の作品「蓮の露」でも「一獲千金」の表記が使われており、忍月か、あるいはこの本の文字を組んだ印刷所には「獲」でよいという認識があったことがうかがえます。忍月は文芸評論家の山本健吉の父として知られますが、森鷗外と論争をするなど当時の知識人です。
帝国議会の会議録などを見ても、数は少ないながら「一獲」の表記は大正時代から現れています。ひとつかみの意味で使われる「一攫」も、明治以後の用例しか見つからないことを考慮すると、「一獲」は誤記というよりは、「イッカク千金」などという場合の別表記として認識されていた可能性もあります。
誤記であるとしても、少なくともメジャーな誤記であって、戦後の漢字制限に対応するに当たり「これも使われてきた」と持ち出されたものではないでしょうか。
好きな方を使ってよさそう
アンケートの結果は半々に近い割合になりました。「一攫千金」がやや優勢になったのには、今は漢字を手書きせずとも「攫」のような学校で習わない面倒な文字を容易に使うことができる、という背景もあるのでしょう。
辞書では、新聞などでの代用表記と説明されがちな「一獲千金」もある程度の支持を得られていることが分かりました。差し当たり、いずれでもお好みの表記を用いて問題ないと言えそうです。
(2024年09月02日)
「ひとつかみに千金をつかみとること。一度にたやすく莫大(ばくだい)な利益を得ること」(岩波国語辞典8版)と説明される「イッカク千金」。岩波は「一攫千金」の見出し語で掲載しつつ、「『一獲千金』は代用表記」と付記します。国語辞典は大半が、見出し語には「一攫千金」の表記のみを掲げています。
新聞では「攫」の字が常用漢字表にないことから、基本的に「一獲千金」の表記を使用しています。これは1956年の「毎日用語集」にも記載があり、常用漢字表の前身に当たる当用漢字表(1946年)に対応するため、統一表記として提示されたものとみられます。神戸大学付属図書館の新聞記事文庫で見ると、1912年には大阪毎日新聞に「一獲千金」の用例があり、当用漢字表以前から、ある程度使われていた表記だったのかもしれません。
「攫」は「つかむ」、「獲」は「獲物を手に入れる」との意味がありますが、それぞれ「隻」(鳥を手に持つ形)を含んでおり、意味の上で通じるところがあります。同音で無理のない書き換えとして「一獲千金」を使うのも悪くないと思うのですが、皆さんはどちらの表記を選んだでしょうか。
(2024年08月19日)