イベント「三省堂辞書を編む人が選ぶ今年の新語2022meets国語辞典ナイト」の後半は17回目の国語辞典ナイトです。
登壇者はいつもの司会・古賀及子さん、ライターの西村まさゆきさん、三省堂国語辞典(三国)編集委員の飯間浩明さん、国語辞典マニアの稲川智樹さん、見坊行徳さん=写真左から。
「禁断の企画!」と古賀さんが言いながらテーマ「ネット検索VS国語辞典」を発表しました。
目次
飯間さん「ネット検索っていいよね」?
まずは飯間さんが沈んだ声で「もう久しい以前から“辞書で調べてみよう”という声を聞くことがない。“ネットで検索してみよう”という声ばかり。そんなにいいのか。それならネットを使って検索してみよう……」。
しーんとしたところで「検索でGo!!」。
ネット検索っていいよねという話をします。例えばツイッターで見つけた「八尺様」という言葉を調べようとしても、国語辞典に載っていません。「大辞林あたり載っていそうなのに……入れとけよ」と厳しい飯間さん。ネット検索すると「一瞬でした」。背の高い妖怪の名だそうです。
ほかにも「一回的」は国語辞典になく、「Yahoo! 知恵袋」にありました。
内容には「ほんまかいなと思うけれど、ネットに書いてあるんだから」(飯間さん)。
今度はそもそも読めない文字に出合ったので、グーグルの画像検索を使います。すると、カボチャの煮物が?
「ヘチマ」の語源を検索すると「語源由来辞典」が出てきて、ある語源説を否定した上で「『綜筋実(ヘスヂミ)』の意味という説があり、こちらの方が有力と考えられている」と書かれていました。これはありがたい情報?
「実家」の意味を検索すると「(入り婿・嫁・養子から見て)自分の生まれた家。さと」と出てきましたが、飯間さんは自身の実家の写真を見せながら「自分は入り婿でも嫁でも養子でもないから実家と言えないのか? おや、左上にOxford Languagesと書いてあるぞ」。
会場がどよめき、「オックスフォードの辞書が言っているんだから、いいんじゃないですか」と続けて笑いを誘います。
さて、飯間さんが解説します。先程の読めない字は変体仮名で「ぼうずしゃも」と読み、しゃもはシャモ肉のことですが、これは辞書でもネット検索でも調べにくいとわかりました。ヘチマの語源説「綜筋実」は飯間さんが調べたところ、こじつけだそうです。「実家」のネットにあった語釈は実は岩波国語辞典のもので、①だけが載せられてしまっているのです。
この②なら、飯間さんが生まれ育った家を「実家」と呼んでよいことになりますが、なぜかネットでは②の意味がなくなっており、「岩波国語辞典の良さがずたずたです」(飯間さん)。
「辞書を作る人はネットの誤りなどを正そうと意欲に燃えているので、国語辞典も参照してほしい」と結論づけました。
西村さん「知ってる言葉を辞書で引こう」
次に、西村さんが国語辞典のいいところを話します。「知ってる言葉こそ辞書で引こう」という例を繰り出します。
例えば「恋」。辞書を引き比べるときに「恋」はよく使われており、辞書ファンからすれば「また『恋』か」という感じです。
西村さんがネットで調べると星野源さんの「恋」が出てきてしまいます。「恋」というタイトルの歌がずらり。そんなことが知りたいわけではないのでウィキペディアを見ると
「どこかで聞いた」(飯間さん)ような語釈です。
「『恋愛』を参照」となっているので参照してみると、辞書の引き比べのようになっています。結局は国語辞典。
「非行」を三国で引くと、具体的?に「暴力・万引き・タバコ・シンナーなど」と書かれており、「(ドラマ)スクール・ウォーズの世界観!」と西村さんが突っ込みます。具体的な態様を入れているのは三国くらいです。
今度は「ラップ」。日本国語大辞典には音楽でなくラップ現象のことが①で説明されており、「あ!ラップです、ラップが聞えはじめました」の用例が紹介され会場爆笑。これは円地文子「女面」の用例なのです。三国のラップ音楽の語釈にある「リズムに乗って、おしゃべりふうに歌う音楽」の「おしゃべりふう」に、西村さんは「このセンス!」とたたえるのですが、飯間さんは「もっとなんとかしたいけど」。
国語辞典を引くと面白い!ということがよくわかりました。
見坊さん「紙の辞書ならバン!と一瞬」
続いて見坊さん。「そんなにコスパがよわよわになったのか、インターネット」と題して話しますが、「ネットの情報くらいに、眉につばして聞いてください」と。
いきなり「ネットを使うと日本が壊滅する!」。みんなネット検索が早いと思っていますが、紙の辞書が一番早いんだと主張します。ネットでは……ブラウザーを起動、検索窓を開く、「○○ 意味」などと入力、検索結果を待つ、サイトを選ぶ、サイト表示を待つ、ページ内でスクロール――と時間がかかるというのです。
紙の辞書なら手にとってバン!で引けてしまう?
自分の辞書なら小口のツメの部分ががたがたにずれているところでどの語があるかわかるというのです。
「一発でね」と稲川さんと2人で言っていますが、いやそれは辞書マニアのお二人だけでしょ……。
見坊さんは時間的なところで「辞書の勝ち」と言い切りました。
また、ネットは無駄な文章が多いと話しました。辞書サイトでない辞書っぽい情報の載るサイトがあるが、情報の重複が多く、問いかけなどの文もまざっており、それらを削除すると1700文字くらいのうち600文字くらいになってしまうそうです。その点、辞書アプリなら78文字中78文字全部意味のある情報です。記号さえも「使いものになる」情報。「ということで辞書の勝ち」(見坊さん)
ウェブの辞書のようなサイトの語釈を書いたことがあるという稲川さんが裏話を少し。「○文字以上にしてください」「必ずこのフレーズとこのフレーズは入れてください」などと言われてしまうそうで、無理な文を書くはめになったそうです。
プロが書いて編集の手が入り、校正・校閲し……辞書はそれだけ信頼されるのです。これを使わないと「日本は壊滅します」(見坊さん)。
稲川さん「辞書を集めて1000冊超」のワケ
最後に稲川さん。なぜ辞書を1000冊以上も集めなければならなくなったか話します。伊藤左千夫の「野菊の墓」に出てくる語を調べようという趣向です。
「番ニョに乗せ」というくだりがあるからと「番ニョ」をネットで検索してみても出てきません。日本国語辞典には載っていました。50万項目もある日本最大の国語辞典なのでこれさえあれば大丈夫かなと思われます。
次に「野菊の墓」で「新墓(にいはか)」はルビもついていて、なんとなく意味もわかりますが、見たことのない言葉なので日本国語辞典を引いてみるが載っていません。大辞林を引くと「新しく築かれた墓」と出てきてアクセントもわかりました。ならば大辞林も「持っておかなければ」(稲川さん)。新墓は10万項目くらいしかない学研国語大辞典にも載っていました。「実例が多い」(稲川さん)そうで、これも持っておかなければ……となるわけです。
また、ネットが言葉の疑問に一発で答えてくれることはなかなかないといいます。例えば「小腹がすく」はいつごろからあるんだろう……というときに岩波国語辞典を引くと「一九九〇年ごろ主に若い女性の間で言い始めた」と書いてあります。「お原稿」「ご原稿」どちらがよいか調べると三国には「両方とも使えるが、前者がふつう」と書いてあります。「びっしょり」「ぐっしょり」の違いは新選国語辞典に説明してあります。そこで、「全部持っていないと」(稲川さん)……結果、1000冊になってしまうのです。
ここで終わらず、だんだん稲川さんの口調が強くなってきました。「体調を壊す」と書いてはいけないのか、「わしづかみ」はサ変動詞になるか、「ほったらかす」を漢字で「放ったらかす」と書けるか――という疑問には、ネットも辞書も答えてくれない。辞書もネットももっと頑張れ!という結論なのでした。
ネットVS辞書といいながら、何しろ辞書を愛する人たちですから辞書を「うっかり褒めすぎた」(見坊さん)ところもありますが、辞書、しっかりしてくれ!頑張れ!ということなのです。皆さんの話に笑っているばかりでしたが、辞書がパワーアップすることは校閲の私たちにとってもありがたいことで、一緒に激励していきたくなる「ナイト」でした。
【平山泉】