「燃えたぎる」という表現についてうかがいました。
目次
回答は真っ二つに
「燃えたぎる」という言葉、どう感じますか? |
問題ない 50.1% |
おかしい。「燃え盛る」が正しい 49.9% |
結果は「おかしい」と「おかしくない」が見事に二分されました。「燃え盛る」と「煮えたぎる」の混用ともいわれるこの表現を、約半数は受け入れていることになります。
「たぎる」は水の状態のはずだが…
そもそも「たぎる」とは何でしょう。漢字では「滾る」と書き、「湯などが勢いよくわきあがる」「急流になって逆巻く。激しく波立つ」(岩波国語辞典)とあるように、本来は水の状態を表す言葉でした。だから「燃えたぎる」を誤用とする立場は理解できます。毎日新聞用語集でも「燃えたぎる→燃えさかる、燃え立つ、煮えたぎる」となっています。
しかし、「たぎる」は「情熱がたぎる」など、水関係以外でも使われます。であれば、激しく燃えること、またはそのたとえとして「燃えたぎる」も誤用とはいえないという見解もありそうです。また「たぎる」という言葉の濁音が「ぎらぎら」などの語感に近いため、「燃え」との相性も必ずしも悪くなく、「燃え盛る」よりもインパクトが強くなるという印象を持つ人も多いかもしれません。
100年前の小説にも「燃えたぎる」
小説では、例えば毎日新聞に2018~19年に連載された「黒武御神火御殿」(宮部みゆき著)に「燃えたぎる火山」という例が見つかります。2004年には植松三十里さんの「燃えたぎる石」という題の小説が登場。これは石炭のことです。
古くは長与善郎「青銅の基督」(1923年)に「燃えたぎる深い内心の欲求」とあります。「燃えたぎる」は最近できた言葉ではなく、少なくとも100年近く前の例があるということです。
「あの明鏡」も認めた!
では辞書はどうなっているのでしょう。アンケートに答えると見られる文章中「最近の辞書を見ると少なくとも3種が『燃えたぎる』を見出し語に掲げています」と書きましたが、これはいささか不正確でした。現時点で職場の辞書などで確認できる限り「もえたぎる」を採用しているのは以下の通りです。
大辞林、三省堂国語辞典、三省堂現代新国語辞典(以上三省堂)
現代国語例解辞典(小学館)
明鏡国語辞典(大修館書店)
三省堂の辞書が目立ちますが、同社の辞書はすべてそうというわけではなく、2020年に出た新明解国語辞典8版では「燃えたぎる」は採録されていません。
三省堂の辞書の中で、というより国語辞典全体でも最も新語や俗用の収載に積極的なのは三省堂国語辞典といえるでしょう。それと対極にある辞書が明鏡国語辞典です。この辞書の大きな特徴として、3版では巻末の「利活用索引」で×(誤用)、△(不適切)などの記号を記していることが挙げられます。本文の注釈にも「注意」という赤いアイコンを示し、「誤り」などとはっきり記していることが校閲にとって大変役立ちます。ところが、3版では2版まではなかった
もえたぎる【燃え滾る】燃えるように激しく感情がわき上がる
が載り、「おお、あの明鏡が注釈抜きで認めたのか」と軽く驚きました。
誤用と切り捨てにくくなった
辞書・事典サイト「ジャパンナレッジ」でコラム「日本語、どうでしょう」を連載している国語辞典編集者の神永暁さんは「私自身は『燃えたぎる』という言い方が存在するということは認識しているが、それを何の注記も無しに辞書に載せる勇気は、まだ無い」と記しています。それなのに、あの明鏡が「何の注釈も無しに」載せたことが意外だったのです。
もちろん、誤用に厳しいとされ、いわば日本語保守派の「最右翼」といえるこの辞書の編集部は、慎重に検討を重ねた上で採用したのでしょう。そういえばこの語釈に「感情がわき上がる」とあります。ということは、比喩限定で認めたと想像できます。「火が燃えたぎる」というのは駄目とはっきり書いてはいませんが、「感情など」と書いていないことで規制をにおわせていると解釈するのは、勘繰りすぎでしょうか。
これに対し、誤用に関するスタンスが最左翼(?)つまり保守的な誤用論を排し認めるべきものは認める革新派の三省堂国語辞典8版の語釈を見ると
①燃えさかる。「―ほのお」②〈火が燃えさかる/湯が煮えたぎる〉ように心がはげしく動く。「―激情」
と、火そのものにも用例を示しています。言葉そのものの採用は同じでも、やはりこの二つの辞書は微妙に違いがあるようです。
いずれにせよ、単純に「『燃えたぎる』は誤用」と切り捨てるのもいかがなものかという気がしてきました。現時点では賛否相半ばするので、無条件で認めることには慎重であらねばならないとは思いますが……。
(2022年07月21日)
「燃えたぎる」の「たぎる」は漢字で「滾る」と書きます。常用漢字ではなく難読なのでふつう平仮名にしますが、サンズイであることからもわかるように水に関係する語です。▲ですから「燃えたぎる」は「燃え盛る」と「煮えたぎる」の混用という見方があり、毎日新聞用語集でも避けるよう指示しています。ところが、最近の辞書を見ると少なくとも3種が「燃えたぎる」を見出し語に掲げています。▲特に、誤用に厳しいとされる明鏡国語辞典3版が誤用などの注釈を入れずに採用したことは少々意外でした。そこで皆さんにどれくらいこの表現が受け入れられているのか、うかがいたくなりました。
(2022年07月04日)