新選国語辞典(小学館)の10版が、2月16日に発売されました。編者の一人、木村義之・慶応大日本語・日本文化教育センター教授と小学館辞書編集室の大野美和さん、坂倉基さんに伺う「中」は、アクセント表示の狙いやジェンダー、性的少数者に関係する言葉などについてです。
【聞き手・大熊萌香】
目次
複合語にもアクセント表示
――アクセントを載せたい理由は何でしょうか?
木村さん 前回からアクセントをつけましたが、メイン見出しのみで、いわゆる枝項目、複合する言葉までは手が回りませんでした。表示の仕方を変えてそちらにも及ぶように書き直しをしました。
現場の国語の先生からの要望があったと聞いています。方言の残っている地域での国語の授業で、共通語でどう言うのか自信の持てない国語の先生がいらっしゃるようです。また外国人で日本語を勉強する人や、朗読、読み聞かせをやっている人たちのニーズもあります。
古語や固有名詞にはつけませんでしたが、一般語にはアクセントをつけました。アクセントだけを示した分厚い「アクセント辞典」があるぐらいアクセントを表示するというのは大変な作業なので、これまではなかなかかないませんでした。前回初めてアクセントをつけて、今回手直ししました。
――アクセントで今回の改訂でもできなかったことはありますか?
木村さん アクセントは一つの正しいものがあるのではなく、代表的だと思ったものに絞りました。世代が変わって違うアクセントで話す人が主になったら今後変えなくてはいけないので、経過観察が必要だと思います。
大野さん アクセントの表記は、今までは色を変えて対応していましたが、□の中に入れるように変更しました。
木村さん 前の版だと色がついていなければ平板型アクセントでしたが、古語や固有名詞にはつけおらず、つけていないのか平板なのかという区別が難しい面がありました。前の版は見出しでどこにアクセントがあるかわかりやすいという声もありましたが、どちらがよいかは今後反響があるのではないでしょうか。
「恋しい」はキュンとするところを表現
――「恋しい」の語釈が大きく変わっていました。
木村さん 恋しいという気持ちをどう表現したらいいか、少し工夫が必要になるんじゃないか、ただ好きとか好ましいという甘美な面だけではなく切ないという、今風に言うとキュンとするというところを表現するのはどうしたらいいかというのを考え、最終的にそういう言葉で表現することになったと思います。
――「恋しい」は懐かしい場所に行きたい、離れた人に会いたいと思う気持ち、「恋わずらい」は特定の相手を恋しく思い、それがかなわない思い、とあります。すると恋しく思うのは場所や離れている人となりますか?
木村さん 組み合わせて意味が変わることもあります。恋人は遠くにいるとは限らないので、関連させながら見ていただけるといいなと思います。すべてにわたって同じエネルギーで手を入れることは実務的な面でできませんでした。できる限り既存項目でも手を入れたはずです。
――ジェンダー関係の言葉は、単に「異性」を「特定の人」と言い換えるにとどまらない変更が入っていますね。
木村さん ジェンダー関係は意識して書いたところです。単純に男女と書いてあるところを消すだけでは済まず、姦通(かんつう)罪の姦通は男女と書かなくてはいけないのでそのままにしました。判断が難しいところで、これは違うという人もいるかもしれませんが、艶聞という文章語は「男女間の情事に関するうわさ」で、これも削って「情事に関するうわさ」とか「恋愛のうわさ」にするかとも考えましたが、過去の言葉の〝男女が〟という語感は消え去っていないのではないかと考えました。だいぶ書き換えましたが、一部残っています。
今回、LGBTを入れました。LGBTQの「Q」まで入れた方がよかったかなと思ったのですが……。「ノンバイナリー」(身体的な性別に関係なく、自分を男性・女性のどちらかに当てはめないこと。またその人)は入れました。最近キーワードになってきつつあるので意識はしていますが、自分の語感が追いついていかないところです。
シティーポップは「新語」
大野さん 帯に入れている「新語の例」にどの言葉を入れるかというときに、先生方からいただいた一覧に「シティーポップ」が入っていました。編集部の感覚ではむしろ古い言葉という印象があったのですが、実際は今、古い昔の日本の歌が世界中で「シティーポップ」という表現で人気になっているということを先生方は捉えておられました。
木村さん 僕は割と留学生と付き合うことが多いんです。日本のそういうものに憧れて留学するという人も少なからずいて、ひょっとしたら若い人たちは、今度は僕らが普通だと思っていた昭和の何かに目をつけて、はやらせるかもしれません。前からあったがもう一回光が当たったというものを新語として取り上げることがあるかもしれません。
――今回11年ぶりの改訂というのは小型辞典のわりには長い気がしました。
木村さん 改訂が終わったらすぐ準備はするわけですが、あのころ小学館では小学生向けの国語辞典が注目されていて、それが一段落したら新選という順番だというふうにいわれていました。
大野さん 短期間での改訂ですと、新語の定着などもあり、難しいところも……。このタイミングは少し間があきましたが、よいところに落ち着いたのではないでしょうか。
大辞泉と新選
――以前、小学館の大辞泉の編集者、板倉俊さんに話を伺った際は「新語はデジタルで入れてデータベースにし、そこから選んで紙の国語辞典をつくればよい」ということをおっしゃっていました。紙の辞書をつくりたいのだけれど、今はなかなかそうはいかないという話もしていました。
大野さん 板倉はずっと大辞泉をやってきた人です。かつては年に3回、現在は年2回の校了でアップデートをしています。たくさん新語を入れていて、デジタル大辞泉は約30万語になっていると思います。新選は9万3910語。学校で使う上では30万語も要らなかったり日常生活には必要のない言葉があったりするので、そのあたりが辞典の特色というか考え方の違いかと思います。
――紙の辞書を出し続けるというのは、大変ではないですか?
大野さん 大変といえば大変です。デジタル大辞泉のように新語をどんどん取り入れていくやりかたもありますが、編者の野村雅昭先生(早稲田大名誉教授)、木村先生が新立項語を精選し、紙面の制約を受けつつ全般に細かな目配りをした紙の辞典は、きっと読者に注目していただけると思います。