「長きに失する」という言い回しについて伺いました。
目次
「違和感なし」は3%のみ
「遅きに失する」と言いますが、「(期間が)長きに失する」は違和感ありますか? |
違和感がある 82% |
違和感はない 3.1% |
「遅きに失する」にもなじみがない 14.9% |
圧倒的です。「違和感がある」という人が8割超を占め、「違和感はない」という人は3%強。これだけ違和感を持たれるとなると、使用する側は少し考える必要があるのではないかと思います。
「~に失する」=「~過ぎる」
「失する」の第一義は字面の通り「なくす。失う」(大辞泉2版)。それを押し広げるような形で「あるべきものや状態を欠いたりなくしたりする。『礼を―・した態度』」(同)という意味で使われます。さらに、何ごとかによって「あるべき状態」を失うことについて、その何ごとかを受ける形で「~に失する」という形をとり、「~すぎる、度を越している」(同)との意味を表します。
国語辞典が用例として挙げているのは「寛大に失する」「華美に失する」といったもの。特に「遅きに失する」はほとんどの辞書が用例に挙げており、慣用として定着した言い回しであることを示しています。
今回のアンケートのきっかけになった報告書は、実刑判決が確定した被告の逃走を許した事件について、横浜地検と最高検が検証したものです。判決確定から収容を実施するまで4カ月かかったことについて、報告書は「長きに失した」と言ったのですが、毎日新聞はそれを「刑確定後4カ月『長きに失した』」と見出しに取り、見慣れない言い回しを目立たせることになってしまいました。
法曹界には浸透した言い回しだが
毎日新聞の過去30年(1989~2018年、東京本社版、地域面除く)の記事をデータベースで検索すると、「遅きに失する」以外で「~きに失す(る)」という言い回しを用いているものは26件。そのうち23件が裁判に関する記事でした。「有期刑の最高刑の20年を下回る刑に処するのは軽きに失する」のような形で現れます。判決文としての権威を示すため、少しもったいぶった言い回しになるのかという感想を持ちます。
ちなみに同じ条件で検索した「遅きに失す(る)」を含む記事は530件で、一般的な話題についても使われています。「遅きに失する」以外の言い回しは、現在では法曹界の業界用語に近いのだろうと考えられます。今回の逃走事件に関する報告書は、最高検などが作成したものとはいえ、一般に向けた説明としての意味を持つものです。身内の失態に対して重々しい態度を取っていると印象づけようという言い回しなのかもしれませんが、アンケートの結果がこれだけ違和感を示していることを考えると、法曹界もいま少し一般向けということを意識して文章を作成すべきでしょう。
メディアの伝え方も配慮が必要
もちろん、用語に関してはメディアの責任も小さくありません。たとえ報告書が「長きに失する」と書いたとしても、そのまま報じるのではなく、「長すぎた」「時間がかかりすぎた」などとかみ砕いた表現と組み合わせて、読みやすい記事に仕上げる配慮が求められます。見出しにおいては更に、違和感を持たれやすい表現を選んで抜き出すということは避けなければならないと考えます。
(2019年08月30日)
先日起きた保釈中の男の逃走事件で、横浜地検と最高検が検証報告書を発表。その内容を伝える記事で、判決が確定してから収容の実施まで4カ月かかったことを「長きに失した」と批判したというくだりが目を引きました。「遅きに失する」はよく見ますが、「長きに失する」が珍しかったからです。
「失する」は考えてみると少し変な言い回しです。国語辞典では項目の最初に出ている第1義は「なくす。うしなう」(大辞林3版)ですが、「…に失する」の形だと「…でありすぎる」(同)と説明されます。あえて説明を試みれば「遅きに失する」の形なら、遅すぎることによって(遅すぎなかったらあり得たはずの良い状態を)失う――ということなのでしょう。
法曹関係では、判決文で上級審が下級審の判断を覆す時に「原判決は軽きに失する」のような言い回しを見ることがあります。その筋ではよく使われる文言であって、それゆえに検察の報告書にも出てきたのかもしれませんが、一般的な浸透具合はどうでしょうか。
(2019年08月12日)