学生のころ、大学生協の書店で出会った“ミステリィ”小説にはまりました。作者の森博嗣氏は当時、某国立大学の工学部助教授。第1回メフィスト賞を受賞した「すべてがFになる」が有名です。小説にはまだ珍しかった“コンピュータ”や“バーチャルリアリティ”など最新の“テクノロジィ”が登場し、工学系の研究者や専門家が“キャラクタ”となるなど、“理系ミステリィ”として人気を呼びました。
森氏は文章表現にこだわりがあり、その一つが外来語のカタカナ表記です。「英語の語末の-er、-or、-arなどは長音符号(ー)で表すが、3音以上の場合は長音を付けない」をルールとしています。たとえばElevatorは“エレベータ”といった具合です。これは日本工業規格(JIS Z 8301)に沿っているそうで、「子音-y」は「ィ」で表す(mystery:ミステリィ)という森氏独自のルールもありました。工学系の専門家ならではのこだわりですね。理系学生の端くれだった私は感銘を受け、リポートやノートの表記でまねをしたものです。
近年では、こうした表記はかえって珍しくなりました。コンピューターの普及に伴ってIT関係の用語は一般的になり、より発音に近い表記が好まれるようになったからともいわれます。文部科学省は91年6月の内閣告示第2号で「英語の語末の-er,-or,-arなどに当たるものは原則として長音で表す」としました。ソフトウエア最大手のマイクロソフト社も08年7月に、それまでJISに従っていた製品とサービスにおける長音表記を変更する事を発表しています。
外来語をカタカナ表記で取り入れてきた日本語は、柔軟でとても合理的に思えます。Computerを電子計算機、Elevatorを昇降機などと言い換えるより、今ではずっと伝わりやすいでしょう。毎日新聞には外来語表記の原則が19項目、外国地名・人名表記の原則は4項目(うち1項目には、主な外国語別に7種類の細目)もあります。ニュースも国際化が進み、聞き慣れない国の言葉をどう表すか悩むこともありますが、適切でわかりやすい表記ができるよう心がけていきたいです。
【三股智子】