Q 「背のあいた服」といった場合の「あいた」には、どの漢字を使うべきでしょうか?
A は? そんなの「開いた」に決まっているじゃありませんか。毎日新聞用語集にも「開」の例として「背の開いた服」が載っていますよ。
Q ですよね。ところが「三省堂国語辞典」では「背の明いた服」を挙げているのですよ。しかも、ネット情報ですが、以前放送されたテレビのクイズ系番組で、「背中のあいたシャツ」の「あいた」は「明いた」と書くのが正解という問題があり、小学2年生の正解率が99%に上ったそうなのです。なぜ?
A ははあ、それには単純な理由があるのですよ。まず小学生への問題ですが、学年別の漢字配当では「開」は小学校3年、「明」は小2になっているのです。つまり、小2では「開」の字は教わっていないので、「明」となったということでしょうね。
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国語審議会の使い分け例は「明」
Q なあんだ。しかし三省堂国語辞典の件は?
A たぶん、1973年に国語審議会が示した「開」「明」の使い分け例に従ったのでしょう。それだと「背中の明いた服」なのです。
Q なんと! ……ほんとだ。
A 国語審議会の使い分け例はあくまで「参考」として出されたもので、答申もされていないのですが、今はないものの国語審議会が出したものですから、無視はできません。
Q でも、毎日新聞はそれに逆らって「開いた」にしているわけですよね。
A はい。調べると毎日新聞用語集では1981年の版から「背の開いた服」を載せていました。どういう判断かを知るすべはもはや残されていません。
Q 毎日以外の社の用語集は?
A 時事通信が毎日と同じ「背の開いた服」ですが、それ以外では意外にこの用例自体見当たりません。
Q 三省堂国語辞典以外の辞書は?
A 手近にある国語辞典では載せているのは見つかりません。ただし、漢字の使い分けに特化した本では「背の明いた服」を載せているものがあります。
世間では「開」が多数派
Q 一般的には「開」が多いのではないですか。
A はい。グーグルで「背中の開いた服」を検索すると17万2000件ヒットしましたが、「背中の明いた服」ではわずか8件。そのうち5件はまさに「開」「明」の使い分け例としての記述でした。
Q やはり世間では圧倒的に「開」なのですね。
A ネット検索では「背中のひらいた服」と入力して「開」となったケースも含みますので、厳密な数ではありませんが、普通はそうですね。
Q でもなぜ国語審議会は「明」を推奨したのでしょう。
A それを決めた当時は当用漢字の時代ですが、元々「開」の訓に「あく」の読みはなかったんですよ。
Q えっ、「開く」は「ひらく」だけだったのですか。
A はい。1973年の改定音訓表で「あく」が入ったのです。
視点が服にあるか、体にあるか
Q でも、国語審の使い分けの発表も73年。「背のあいた服」に反映していないのはなぜ?
A 「背の明いた服」にも根拠はあるのです。ネットでの「背中のあいた服」の見解の一つにこんなのがありました。「背中を見せる=明らかにするってことで、明くが正解。背中を開けたら、肉と背骨が見えちゃう(笑)」
Q 冗談半分でしょうが、理屈は通りますね。
A 今の毎日新聞用語集にも「明」の意味の一つに「中身が分かるようになる」があります。「背のあいた服」の中身が背中だとすると「明」でいいとも解釈できます。ただ「背のあいた服」の「背」って背中そのものでなく「服の背中に当たる部分」のことじゃないですかね。
Q そうですよね。そこが閉じているんじゃなくて、あいているのだとすると「開いた」でいいのですね。
A でも「明いた」が駄目ともいえない。要は視点が服にあるか、体にあるかが「開」「明」の選択にかかわっているといえます。
Q しかし世間は「開いた」を選んでいるようです。
A 毎日新聞用語集があえて国語審議会に逆らってまで「開いた」を選んだのは妥当だったと思います。
Q それはいいのですが、さっきも言われたように「開いた」だと「あいた」か「ひらいた」か分からない問題があるともいえますね。
A あいたた、言わなきゃよかった。
【岩佐義樹】