今年の漢字はやはり「金」でした。ところでこの写真の筆の字、「金」と読めますか。どう崩したらこんな字になるのでしょう。書体の字書から似た字を探してみました。
12月12日は「漢字の日」ということで、清水寺での森清範(せいはん)貫主(かんす)による揮毫(きごう)の模様をテレビで見ました。
実は私は事前に、毎日新聞朝刊連載の「毎日ことば」12月12日の回で「金」を予想し「今年の漢字本命?」という見出しを付けていました。内心「違っていたらどうしよう」と思っていたので胸をなで下ろした次第です。
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「読めない」という声多数
それはともかくテレビで見た私は「これが『金』?」とつぶやきました。職場の同僚からも「『重』みたい」「達筆すぎて読めない」という声が上がりました。私は「金」が選ばれることは“読めて”いましたが、金という字は読めなかったことになります。
スポニチ電子版によると、
番組ではその模様が生中継された。貫主が揮毫を始めると、MCのフリーアナウンサー石井亮次が、その筆さばきを追いながら実況。「1画目、選挙の“選”か?金か…?」。しかし、頂点から斜め下に下ろした筆は、そのまま右へ滑ったため、「違うぞ?糸へん?何だろう?重い…?動くという字か?」と、困惑の様子で実況を続けた。
石井は「重いか?達筆すぎて分かりません」と、最後まで字が分からなかった様子。「今年の漢字は『金』」とテロップが表示され、「金か!」と初めて文字を認識できた様子だった。
とのことで、SNSでも「今年の漢字は『金』よりも『読めない』という状態の方が話題になりそうw」といった反応もあったそうです。
5回の「金」はこう書かれてきた
さて「金」が選ばれたのは5回目ですが、ずっとこのような字が書かれてきたのでしょうか。
前回2021年の字はこうでした。
普通の「金」に近いですね。では今年だけ変えてみたのでしょうか。
2016年は――
この時も「読めない」という声があったことがネットに残っています。
2012年は――
初めての「金」は2000年でしたが――
どうやら、2021年を例外としてずっと「読めない金」が書かれていたようです。(写真はいずれも毎日新聞より)
これが「草書」という書体らしいことは分かりますが、特に上の「人」の部分がなぜ「ムの最後の点のない形」になるのかが分かりにくいですね。私は書道の専門ではないので、さまざまな古来の字を集めた字典類で見てみましょう。
「人」から「ムの最後の点のない形」に
中国古代の「金文」は割合はっきりと金の上の部分が「人」で、ほぼ左右対称の字が多いようです。これは金属器に刻むものですから、その方が刻みやすかったことがうかがえます。
しかし筆で記すようになって――
(平凡社「書体大字典」より)
のように、筆の運びが連続するようになり――
右下への払いが横へと流れ――
(思文閣出版「くずし字辞典」より)
(二玄社「大書源」より)
このような「ムの最後の点のない形」になっていったのではないでしょうか。
こういう筆運びが身についている人には難なく読めるのかもしれません。
そして誰も読めなくなった
ところで、先日も引用した「女の氏名誕生」(尾脇秀和著、ちくま新書)には大正5年の「文字のくづし方」という本を引用し、こうあります。以下孫引き。
漢字は世界で一番画の多い文字であるから、之(こ)れを書写する場合には成(な)る可(べ)く画を畧(りゃく)さなければ速く書くことが出来ぬ。そこで文字のくづしかたは漢字に最も必要である。然(しか)るに小学校の教科書の文字は皆印刷用の楷書ばかりであるから、児童は之れのみを見なれて、自分が書写するに最(もっとも)肝要な行書や草書を一向に知らぬ。
江戸時代までにはくずし字が「日用普通の文字」だったのが、カクカクした楷書になったことで、くずし字を知らない世代が現れていることがうかがえます。そして現代、専門家を除き誰も「金」の草書を読めない時代になったということです。
思い出されるのは、新元号「令和」の字が発表されたとき、教科書で覚えた「令」の書体(下がマ)と違うことに違和感を覚えるという声が多かったことです。文字にはいろいろな書き方があることを知らない人々が増えているのでしょう、
漢字は自分がなじんでいる形とは限りません。森清範さんの「金」の字がそれを改めて教えてくれました。
【岩佐義樹】