「三省堂現代新国語辞典」第7版の発売を前に、編集主幹の小野正弘先生、三省堂辞書出版部の山本康一さん、木村晃治さんにお話をうかがいました。唯一の”教科書密着型辞典”をうたうだけに、新指導要領下で難解な評論文などに挑む高校生たちに寄り添いさらにパワーアップしていました。
唯一の”教科書密着型辞典”「三省堂現代新国語辞典」。第7版の発売を前にした10月上旬、東京・麴町の三省堂本社で、編集主幹の小野正弘先生、三省堂辞書出版部部長の山本康一さん、三省堂辞書出版部で三省堂現代新国語辞典の編集を10年以上担当する木村晃治さんにお話をうかがいました。2022年度から再編された高校国語の現代文新4科目に対応するなどして改訂された第7版は、新学習指導要領下で難解な評論文などに挑むことになる高校生たちに寄り添ってさらにパワーアップしていました。4回に分けてお届けします。
【聞き手・久野映】
目次
唯一の”教科書密着型辞典”
――まず、今回の改訂での一番のアピールポイントはどのようなところでしょうか?
小野正弘先生 「唯一の」教科書密着型辞典という、つまり高校生が使う教科書に載っている言葉、用法を採録しているというところです。新しく(高校の国語科目が)再編されましたから、それに対応した形で。やっぱり困るのは生徒ですからね。ただ、高校生向けであって一般の人向けではないのかというとそういうことはなくて、高校の時に使っていたものを大学生になっても就職しても使えるように、入り口は高校だけれども、それから長く使えるようなものを作りたいと思っています。
木村晃治さん 高校生が使っている教科書の言葉というのは独特なものがあって、他の辞書では引けないものも少なくありません。そういう語句が今回はかなり増えました。詳しくは三省堂辞書サイトの商品ページで紹介しております。
――これらの言葉、用法を理解することが、国語の教科書を使うにあたって必要だということですね。「教科書密着型」の辞書にするためにどのようなことをしていますか?
木村さん (再編された「現代の国語」「言語文化」「論理国語」「文学国語」の)高校の教科書は9社から58冊が発行されているのですが、全て丹念に読んで語句を拾っております。時間との闘いです。こういうことをうたい文句にしている以上、学校の先生から「これが載っていないじゃないか」みたいな声が届くこともあります。看板に偽りなしという状態にするためには、背水の陣で採録作業をしております。そういう勉強のための言葉もあれば、三省堂で毎年選定しております「今年の新語」にあがってくるような俗っぽい言葉にも、目配りするように努めております。
小野先生 (2019年1月発行の第6版で)「沼」の新しい意味を載せたとかね。ちょっと話題にしていただきました。あれはむしろ載った以降の方がよく使われるようになったように思いますね。載せたときはまだちょっと走りみたいな感じだったんですよね。こういうもの(「沼」の使い方が)できたなと思っていて、載せてみたんです。
(三省堂現代新国語辞典は)4年くらいで改訂してきていますからそれは強みで。辞典に一回載せてしまうと身動きがとれなくなってしまうというのはよく言われるのですが。つまり、すぐになくなってしまうような言葉をうっかり載せてしまうと、時間がたった時にもうこんなの死語だよと見られてしまうという。ところがこの辞典は4年か5年で次が出ますから、そのときになくなったり古くなったりしていたら捨てちゃえばいいんですよ。かなり潔く捨てますよ。「ちょっと勇み足でした」と、こそっとね(笑い)。
<新学習指導要領による国語科目再編>
必履修科目は、これまでの「国語総合」が「現代の国語」と「言語文化」に分けられ、選択科目は、「国語表現」「現代文A」「現代文B」「古典A」「古典B」が、「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探究」となった。2022年度から導入。
新学習指導要領による国語科目再編に対応
――4年ごとの改訂は辞書としてはかなり短く感じられます。新しい言葉の出し入れがしやすいという強みがあるということでしたが、やはり期間が短いことによるご苦労があったりするのでしょうか。
小野先生 (新学習指導要領による科目再編で)教科書が変わってしまうということは、そこで使われる言葉も変わるということで、それをいろいろ精査したりとか、修辞的な用法へ対応したりだとか、そういったようなところが大変ですね。
木村さん 第4版から担当しておりますけれども、今回は特に、教科書については根底的な変化があって、従来登場していなかったような新しい言葉がキーワードになるような教材にごっそり入れ替わったりして。だからこそ新しい言葉、用法が幸いにも多く集まったという部分はございます。
――今回の編集作業はどういった陣容でなされたのでしょうか。前回の改訂作業と変わったところはありますか。
小野先生 本文は私が全部ずっと見ていって、気になったようなところは書き換えたりして、編集委員の方に新規項目を書いてもらったり。教科書のほうは時間の都合で編集部の人が見て。
木村さん 私が鮮烈に記憶に残っているのは……大澤真幸(まさち)さんという社会学者の方の教材に、「審級」、それから「第三者の審級」というものがありまして。審級というのは元の意味は第1審、第2審という裁判の段階のことで、第三者の審級というのは「天の配剤」のことなんですね。人間がそれぞれ自由競争などを営んでいれば、そこに天の配剤のようなものが働いて世の中は動いていくんだというような意味で、いわゆる現代思想の用語です。その意味を確認できる文献をさがすのには相当苦労しました。教科書の言葉を全部載せていますとうたい文句にしていますから、これは難しいから載せられませんでしたとは言えないですからね。
――辞書の校正はどういう体制で行っているのでしょう。
木村さん 前書きにお名前を載せてありますが、今回は6名の方々にお願いしました。外部の方で、当たり前ですが辞書専門の校正者というわけではないです。
小野先生 プロの校正者の知り合いがいますが、見え方が違うんですね。
木村さん 博識ですし。よくこんな指摘ができるなという指摘をいただきます。
――三省堂現代新国語辞典はコラム欄が魅力の一つです。今回の改訂でもコラム欄は新たな項目などありますでしょうか。
木村さん 今回は特に追加はありません。でも今はすっかり語彙(ごい)力・表現力というのが学習指導要領でも強調されるようになっていて。小型の国語辞典ではとにかく語彙力を増やしなさいということで、(類義語などを紹介するこういったコーナーは)小学生・中学生向けの辞典でもほぼ全てでやるようになってきていますね。
小野先生 例えば「笑う」についてのコラムから、川端康成は「ことこと笑う」とかちょっと特別な言い方をしているとか、いろいろ展開できる元になると思います。一つの言葉からもっといろんなところに広がっていくのがコラムだろうと思っています。今回はこっち(新学習指導要領への対応)が大変だったのでそこまではできませんでしたが、今後増やしていけるといいですね。
第7版は「全部、青い。」新ビジュアルに
――今回の改訂で、装丁のイメージがけっこう変わりましたね。
木村さん それは正直なところデザイナーさんに入れてほしい文字だけ伝えて、あとはデザイナーさんが出してきた何案かの中で選ぶという、ほとんど営業部任せです。かつて三省堂の国語辞典は暖色系が多くて。「新明解国語辞典」は赤、「三省堂国語辞典」はオレンジですよね。
山本康一さん 国語辞典は暖色、漢和は寒色。ルールというわけではないんですけど、なんとなくそうでした。
小野先生 寒色はクールな感じでいいですよね。「今年の新語」の選考発表会に(特別ゲストとして)北川悦吏子さんがいらっしゃったときに「この辞典(三省堂現代新国語辞典の6版)は『半分、青い。』です」って(北川さんが脚本を書いたNHK連続テレビ小説のタイトルにひっかけて)おっしゃっていて。ところがこの辞典(第7版)は「全部、青い。」です(笑い)。だんだん濃くなってきましたね。
山本さん 内容に合わせてさらに濃くなったということで。