「欲しい」は、「~が欲しい」という場合は漢字ですが、「~してほしい」など動詞に付いて「そうしてもらいたい」といった意味になる場合は平仮名にします。こういった付属的な意味を添えるため補助的に使われる語は漢字にしないのが基本になっています。https://t.co/DjYuy6LdX4
— 毎日新聞 校閲センター (@mainichi_kotoba) August 31, 2022
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マスコミや公用文でのルール
新聞では常用漢字表をよりどころにして漢字を使うかどうかを決めていますが、中には漢字が「使える」のに仮名で書くことにしているものもあります。
毎日新聞用語集にはこんなことが書かれています。
その漢字本来の意味が薄れた使い方のため、漢字より仮名の方がなじむということでしょう。
こうしたことを決めているのは毎日新聞だけではありません。
動詞・形容詞について、新聞をはじめ通信、テレビ各社が加盟する日本新聞協会の「新聞用語集」には「できるだけ平仮名で書く」ものとして「補助用言」が挙げられ、「行ってみる」「置いておく」「実施していく」といった例があります。共同通信社の「記者ハンドブック」にも「動詞・形容詞の本来の意味、用法が薄れて、上にくる文節の補助の働きをするもの」として「…という(言)…である(有)…でない(無)…している・しておる(居)…してあげる(上)…していく(行)…しておく(置)…してくる・なってくる(来)…になる(成)…かもしれない(知)…してみる・…とみられる・…とみる(見)」を挙げています。
文化審議会が今年1月にまとめた「公用文作成の考え方」にも「常用漢字表に使える漢字があっても仮名で書く場合」として「動詞・形容詞などの補助的な用法」である「~(し)て行く→ていく」「~(し)て頂く→ていただく」「~(し)て下さる→てくださる」「~(し)て来る→てくる」「~(し)て見る→てみる」「~(し)て欲しい→てほしい」「~(し)て良い→てよい」を挙げています。
辞書でも触れている仮名表記
国語辞典は表記について、漢字ではどう書くかを示しているので、仮名書きをわざわざ載せないもののように思っていましたが、引いてみると、いろいろな書き方で載っていました。
例えば、明鏡国語辞典は「置く」で
と示しています。
新選国語辞典は「言う」の中で
このように書いています。
岩波国語辞典は「見る」の最後に
と注記しています。
すっきり分けにくい場合も
動詞の下に付けて補助的に使えば漢字の意味が意識されないと考えられるわけですが、形だけでわかるとは限りません。
動詞の下に付いていても
「傘を学校に置いて来てしまった」「子供を家に置いて行く」
などは、「来る」「行く」にも意味があって漢字で書いてもよさそうです。
同じ「しれない」でも
「彼ならあんなことも言うかもしれない」
「あんなことを言う彼の気が知れない」
――と、後者は漢字で書いてもよさそうです。
「意味が薄れた」かどうかは微妙で難しいものがあります。毎日新聞用語集は「言う」「いう」の書き分けをこのように例示しています。
「大家といえば親も同然」という例が挙がっていますが、「といえば」でも
「気にならないと言えばうそになるが……」
のように使う慣用句では、実際には言わないけれど「口に出して言ってしまうと」という感じなので「言」を使ってよさそうに思います。
何かを「やってみせる」は補助動詞として仮名書きにするのですが、「やって(何かできたことを人に)見せる」と漢字で書いてもよさそうな場面があるかもしれません。
考えてみれば、例えば実際に見なくても「見計らう」こと、「見立てる」こと、「見限る」こと……などもできますから、漢字は「本来の意味」から離れて使い方が広がるものだと考えられます。「……と考える」意味で使う「みる」を漢字で書くか仮名で書くかは意見が分かれるところでしょう。
「こと」「とき」「ところ」など形式名詞
名詞にも漢字と仮名の書き分けがあります。
毎日新聞用語集に挙げられた「聞いたこと(事)がない」「使わないとき(時)はすぐ返せ」「見たところ(所)は元気そうだ」の「こと」「とき」「ところ」は「形式名詞」と呼ばれるものです。
「ところ」については用語集で多くの例を挙げています。書き分けのイメージができるでしょうか。
「厳しい勝負も望むところだ」などと言いますが、なぜ「ところ」なのでしょう。明鏡国語辞典は「所」の13番目の語釈「前にくる語句の表す事柄の内容の意」で「望むところ」「聞くところによると」「余すところなく」を挙げ、さらに「漢文で用言を体言化する助辞『所』を訓読したところから」と説明しています。それならばもう場所の「所」の意味ではなく、漢文を書いているわけでもないので「ところ」がいいかなと思われます。
また、用語集の説明には「誤読の恐れがある場合」とも書かれています。「役所」と書かれていると「やくしょ」と「やくどころ」の区別がしにくいですね。仮名で書く意味はこうしたところにもあります。
いずれにしても、漢字で書いても誤りではありませんから、校閲で見逃してしまっても「訂正」を出すようなものではありません。仮名で書きましょうと決めたからというものです。書籍の校正・校閲をしている方からは「新聞は表記を決めてしまえるからいいですね。書籍は決まっていないから大変なんですよ」と言われます。まさにその通りで、基準があることはありがたいことなのです。
正しいか誤りかということではありませんが、文章を書く方の参考にしていただければ幸いです。
【平山泉】