「乗り合わせる」という言葉の使い方について伺いました。
目次
「おかしい」が6割で多数派
「たまたま乗り合わせたエレベーターが故障した」。この「乗り合わせる」の使い方、おかしいでしょうか? |
おかしい 61% |
おかしくない 39% |
特に誰かと同じタイミングで乗っている、という意味でなくとも「乗り合わせる」を使うのはいかがか、という質問でした。6対4で「おかしい」と考えた人がやや多いという結果になりました。この意味を掲載している辞書が一つしか見つからないということを考えれば妥当な数字かもしれません。
例が多いのは「誰かと一緒」
インターネット上の「青空文庫」で「乗り合わせる」の用例を探すと、やはり「誰かと一緒に」という要素が書かれたものが多く見つかります。このような例です。
海岸線へ乗替えてからは、多分花柳気分の多いと聞いている酒田へでも行くものらしく、芸人の一団と乗合せたので、いくらか気が安まった。(徳田秋声「仮装人物」=引用は小学館「昭和文学全集2」より)
対して、少数ながら次のような用例も見つかります。
彼の乗り合わせていた列車が通過した跡で、山峡の或鉄橋が崩壊し、次ぎの列車から嵐の中に立往生になったらしかった。(堀辰雄「菜穂子」=小学館「昭和文学全集6」より)
後者の例は、列車である以上もちろん誰かと一緒に乗ってはいるはずですが、そのことは大きな意味を持ちません。「彼の乗っていた列車が……」と書き換えてもほぼ意味が変わらないからです。大辞泉2版の「たまたま、その乗り物に乗っている」という意味のほうが近いでしょう。
「居合わせる」と類推すると…
複合動詞を研究していた元東京外国語大学教授の姫野昌子さんの論文をネット上で見ることができます。この論文によると、「……合わせる」の複合動詞は「偶然何かに遭遇したことを表す」場合があり、その例として「居合わせる」「来合わせる」「乗り合わせる」などが挙げられています。
「居合わせる」は「ちょうどよく、そこにいる」という意味。また「持ち合わせる」は「ちょうど<今/そのとき>持っている」という意味です(いずれも三省堂国語辞典8版)。このように「……合わせる」は「ちょうど……している」という意味になることがあるのです。
これらを考えれば、「乗り合わせる」を「何か事件が起きたときにちょうど乗っている」という意味で使うこともそれほど不思議ではありません。今回のアンケートで「おかしくない」と回答した人の中には、「居合わせる」などから類推した人も多かったのではないでしょうか。
「乗り合い」との連想も働く
それでも今回「おかしい」と感じた人が多数派だったのは、「乗り合いバス」などの「乗り合い」が頭に浮かぶからかもしれません。これは「同じ船・車などに大勢の客がいっしょに乗ること」(岩波国語辞典8版)。この「乗」と「合」のつながりを重視すれば、やはり「誰かと一緒に」という意味を生かして使いたいと思えてきます。
結局どちらの考え方もおかしいとは言えず、アンケートでも決定的な差はつきませんでした。今回の質問のような文章を校閲で積極的に直した方がよいとまでは判断できず、しばらくは、大辞泉以外の辞書で「乗り合わせる」の意味が増えるか見守るしかなさそうです。
(2022年02月04日)
「地震に遭ったとき、たまたま自分が乗り合わせたエレベーターに、最寄り階への自動停止装置がついているかは分からない」。こんな原稿を読んで少し悩みました。「誰かと」でなくては乗り「合わせる」ことはできないのでは、と感じたのです。▲辞書で「乗り合わせる」を引くと、「(偶然に)一つの乗物にいっしょに乗る。『たまたま乗り合わせた客と親しくなる』」(岩波国語辞典8版)などとあります。このように「いっしょに」という要素があるはずです。▲職場にある辞書を調べてみたところ、大辞泉2版のみ、上のような意味に加えて「たまたま、その乗り物に乗っている」という記述もありました。それならば例文のような使い方も問題ないのかもしれませんが、「たまたま乗っていた」で十分な気もします。エレベーターの原稿を読んだ出題者以外の校閲記者は特に気にならなかったようで直そうとしていませんでしたが、みなさんはいかがでしょうか。
(2022年01月17日)