異動や入社、退社などで、メールを含めあいさつ状を出す機会が多い年度替わり。定型的なあいさつ文によく見られる誤りを紹介しましょう。
では突然ですが問題です。まず次の文に誤字はいくつあるでしょうか。
ご指導、ご鞭捷を贈りますよう宣しくお願い申し上げます。
目次
「鞭捷」「宣しく」「贈り」
正解は三つです。
まずは「ご鞭捷」。鞭捷は正しくは「鞭撻」で「べんたつ」と読みます。鞭はむち、撻はむちうつこと。「鞭撻」は強く励ますことで「ご指導、ご鞭撻」とセットで用いられます。捷は「敏捷(びんしょう)」で主に使われ、当然ながら撻とは別の漢字です。
「贈りますよう」は「賜りますよう」の誤り。
「宣しく」は「宜しく」の間違いです。
こんな間違い、手書きの時代ならともかくパソコンの入力ではありえないよ――と思った方はいらっしゃいませんか。でも、実際にはこのような誤りがインターネットには恐ろしいほど多く流れているのです。
グーグルで誤字の数を調べると
試みに、グーグルで“ ”という引用符を付けて誤字を入力し検索してみましょう。“ ”を付けるのは、そうしないと正しい字や関連の語までヒットしてしまうからです。3月18日時点での検索結果は次の通りです。
“鞭捷”は3640件。
“宣しく”は8810件。
“贈りますよう”は39万9000件。
――いやはや、こんなにも誤字が電脳空間を飛び交っているなんて、驚くべきことではないでしょうか。
中には、誤字の紹介という形で使っている文章もあるし、「贈りますよう」などは誤りではなく本当の意味で使っているケースも見受けられます。しかし、ほとんどは全くの間違いです。
こういうあいさつ文を流すのは多くの場合、企業などの法人です。個人なら間違ってもいいというわけではありませんが、お客様に向けた公的な文書で、こんなミスが大量にあるというのはどういうわけでしょう。
誤りの背景はそれぞれ異なるでしょうが、パソコンで普通に入力をすれば間違えないはずですので、原稿をOCR(光学的文字読み取り装置)という機械に読み取らせて、おざなりなチェックでアップしたケースが多いのではないでしょうか。
国会提出の資料でも似た字のミス
そういえば、先ごろ国会に提出されたデジタル改革関連法案の関係資料で大量の誤記があったことがニュースになりました。その中に「地縁団体」が「地緑団体」になっていたというものがありました。
政府は、デジタル改革関連法案の参考資料の45カ所の誤りを修正する「正誤表」にもミスがあったとして「正誤表の正誤表」を新たに提出しました。https://t.co/xyZep5188z
— 毎日新聞 (@mainichi) March 11, 2021
どういう作成方法だったのかわかりませんが、「ち」「みどり」とわざわざ打って変換したとも思えませんから、既存資料のOCRスキャンミスという可能性が考えられます。よりによってデジタル関連で、とため息をつきたくなりますが、デジタルであろうがなかろうが似た字のミスは付きものいう認識が必要でしょう。
話をあいさつ文に戻すと、「宜しく」については、世間に漢字表記が多すぎることも間違いを生む遠因といえないでしょうか。実は常用漢字表では「宜」に「よろ(しく)」の読みは掲げられていません。「便宜」などに使うギの音読みだけです。もちろん、常用漢字表は一つの目安に過ぎませんから、一般の人が「宜しく」という漢字を使ってはいけないわけではありません。しかし、平仮名で書いて何の問題もない文になぜこんなに漢字が使われるのか疑問ではあります。「宜敷」という漢字も見かけますが、広辞苑などは採用していません。
よく使われる「何卒」も、本来「卒」を「とぞ」と読めるはずもなく不可解です。「なにとぞ」でいいのではないでしょうか。妙な漢字信仰があるような気さえします。
定型文丸写しではなく、読み手の立場で読み直して
「賜る」は常用漢字表にありますが、似た字の「贈る」の間違いだけではなく、使い方にも注意が必要です。
最近、ある自治会の会長を退任する人から、あいさつ文のチェックを個人的に頼まれました。その中で、後任の人について「私同様にご交誼を賜るようお願い申し上げます」という部分が気になりました。「私」に対して「賜る」という謙譲語を使うのは正しいのですが、後任の人が目下だとしても、その人をへりくだらせるような表現はいかがなものかと思い、「賜る」を使わない「ご交誼のほど、お願い申し上げます」と変えるよう提案しました。
「ご鞭撻」にしても、その語をどうしても使わなければならない状況は考えられません。「ご指導」だけの文を見て「ご鞭撻」が足りないぞ、とへそを曲げる人がいるでしょうか。
これらのあいさつ文はいくつかひな型があり、おそらく定型文はそのまま写しているケースが多いと思われます。効率を考えれば否定されるべきことではありませんが、漢字ばかりの文章を軟らかくするために平仮名にするなど、ちょっと読み手の気持ちになって工夫する努力が必要ではないでしょうか。そういう読み返しを通して、漢字の間違いにも気がつくことも多いと思います。
「……の侯」にも要注意
最後に、時候のあいさつについて。「陽春の候」「新緑の候」「初夏の候」など、あいさつ文の初めに季節に応じて書かれますが、「候」の字に注意してください。「侯」になっていませんか。侯は「侯爵」の侯で、「気候」の候とは関係ありません。
しかし、時候のあいさつをまとめたサイトでもこの誤りが多数見つかります。中には、ネットの間違いをみてその通りに書いた人もいるかもしれませんが、多くは「こう」の単漢字変換で誤ったケースと想像されます。
ある季節の言葉をまとめた本でも「侯」の間違いが少なくとも72回は繰り返されていました(現在出ている版では直っているようですが)。この間違いは普段から注意していないとウイルスのように感染し拡大するようです。くれぐれもお気を付けください。
【岩佐義樹】