「株価を上げる」という場面で「引き上げる」と「押し上げる」のどちらを使うか伺いました。
目次
「押し上げる」が多数派
ワクチン普及への期待が株価を「上昇させる」――言い換えるならどちらですか? |
「引き上げる」と言う 11.9% |
「押し上げる」と言う 56.4% |
どちらも言うが、主に「引き上げる」 8.5% |
どちらも言うが、主に「押し上げる」 23.1% |
「どちらも言うが……」という人を含め「押し上げる」が8割近くを占めて多数派でした。「引き上げる」「押し上げる」ともに「上へ上げる」という意味を持つ言葉ですが、使い分けの意識が働いていることが分かる結果となりました。
勢いで上へ動かす「押し上げる」
二つの言葉の違いは、国語辞典の記述からも見て取れます。
「引き上げる」の項目をいくつかの辞書で引くと、挙がっている用例は「税率を」「利子を」「運賃を」「公共料金を」など。語釈そのものは「高い状態にする」(新明解国語辞典8版)のように漠然としていても、用例からは、意図した分だけ人為的に上げる場面に多く使う傾向がうかがえます。「値段などを高くする」(旺文社国語辞典11版)などと、より限定的な語釈をつけた辞書もありました。
これに対し「押し上げる」のほうは、「勢いによって高い状態にする」(広辞苑7版)、「勢いがついて、物事の水準や度合いを高める」(大辞泉2版)、「止めることの出来ない要因が次から次へと働いて、そのものを高い地位(状態)へ動かす」(新明解国語辞典8版)などと「勢い」に絡めた語釈が多く見られます。状況が何かを高めるということを表すのに使いやすい表現だと言えます。
人為的なニュアンスが強い「引き上げる」
今回の質問のきっかけになった原稿は、「新型コロナウイルスの変異株が、実効再生産数(1人の感染者が他人にうつす平均人数)を上昇させる」ことを表すのに、文中で「引き上げる」と「押し上げる」の両方を使っていました。しかし、試し刷りの見出しに「実効再生産数0.7引き上げ」とあるのを見たとき、「引き上げ」では人為的に数字を動かしたような語感をにわかに覚え、「押し上げ」に直してもらいました。
「引き上げる」の方が人為的なニュアンスを持ちそうだとしたことに対して、校閲のツイッターには「『人為的』という意味であれば、『引く』も『押す』もどちらも人為的」という意見も寄せられました。たしかに「引く・引き上げる」も「押す・押し上げる」も人間の動作にあるのに、使われ方の傾向に違いが出るのはどういうことでしょうか。
ヒントとして、大辞泉2版の「引く」の語釈が目に留まりました。「……②引き寄せ操って目ざす所に伴う」。「押す」と「引く」の差は、押したものは場合によって手元を離れてどこまで行くか分からないのに対し、引く場合には自分のコントロールから離れないというところと言えるかもしれません。「押す・押し上げる」に比べて、このくらいまで上げようと意図するニュアンスが強いのは、このあたりで説明できると出題者は感じています。
(2021年03月12日)
この質問は、「結果的に統計数字を上昇させる」ことをどう表現するかについて伺うものです。
先日目にした原稿は、「新型コロナウイルスの変異株が、実効再生産数(1人の感染者が他人にうつす平均人数)を上昇させる」ことを表すのに、「引き上げる」と「押し上げる」の両方の言葉を使っていました。どちらも上昇させる意味を持つので問題ないと考え、そろえることはしませんでした。
しかし編集段階で「実効再生産数0.7引き上げ」という見出しが付いた試し刷りを受け取ったときには、引き上げでは人為的に数字を動かしたような語感があると思われて、見出しは「押し上げ」と直してもらいました。
その日の慌ただしい紙面づくりを振り返り、この二つの言葉についてちょっと落ち着いて考えてみたいと思い、皆さんにはどんな受け取り方をされるのか問うた次第です。
(2021年02月22日)