「手をこまねく」と「手をこまぬく」のどちらを使うか伺いました。
目次
やはり「手をこまねく」が圧倒的
本来の意味は「何もしないでただ傍観」とされる表現――どちらを使いますか? |
手をこまぬく 10.2% |
手をこまねく 81.9% |
いずれも使う 4% |
いずれも使わない 3.8% |
やはりというべきか、「手をこまねく」が圧倒的でした。毎日新聞の記事データベースで検索すると、東京本社管内でざっくり数えて「手をこまね」が6割強。世間ではそれよりも多い割合で「こまねく」が使われていることをうかがわせる結果です。
大正時代から見られる混在
辞書では「こまねく」は「こまぬく」が変化した語とされます。漢字では「拱く」。古くは平安時代の漢和字書「類聚名義抄(るいじゅみょうぎしょう)」で「拱 コマヌク」とあるそうです。明治時代の辞書「言海」では、「組貫(クミヌ)ク、ノ転ト云」と語源に触れていて「こまねく」は示していません。これとは別の説に、中国風の敬礼で、両手を胸の前で重ね合わせる動作から「高麗(こま)」人が袖を「抜く」ことからきたとするものもあります。いずれにせよ、語源からも「こまぬく」が本来だったことが分かります。
実際の使用例はどうか。大正3(1914)年の夏目漱石「こころ」から引用しましょう。
「私はそうかといって手を拱(こまぬ)いでいる訳に行きません」
「いて」ではなく「いで」が入っていますが、ここでは問題にしません。次に大正8年の菊池寛「恩讐の彼方に」(ちくま日本文学全集)から。
「彼は、武士の意地として、手を拱(こま)ねいて立ち去るべきではなかった」
「了海の前に手を拱ねいて坐ったまま、涙に咽んでいるばかりであった」
同じ大正時代で既に揺れが見られます。
辞書によって分かれる扱い
今の辞書では「拱く」はどう扱っているか、主なものを調べてみました。以下「こまぬく」主体というのは、「こまぬく」を見出しにし「こまねく」は空見出しで「こまぬく」に導くか、「こまぬく」の注釈や語釈で「こまねく」に触れるもの。「こまねく」主体というのはその逆です。
「こまぬく」主体…日本国語大辞典、広辞苑、大辞林、大辞泉、新明解国語辞典、集英社国語辞典、新選国語辞典、岩波国語辞典、新潮現代国語辞典、角川必携国語辞典
「こまねく」主体…三省堂国語辞典、三省堂現代新国語辞典、現代国語例解辞典、明鏡国語辞典
この差には、本来の呼び方を主とするか、現代での一般的な呼び方を主とするかという編集方針の違いが表れていると思われます。もっとも、50音順の並びではすぐ近くになりますので、ほとんどの利用者にとっては利便性のうえでの差がありません。しかし、両方の言い方のうちどちらを選べばいいのか迷って手近の辞書を引く人は、その辞書が主体としている表記に流れる可能性があります。
毎日新聞では「手をこまぬく」の方を推奨しているわけではありませんが、量的には少ないものの根強く「こまぬく」も使われており、その背景として、「こまぬく」主体の辞書が多いことがあるのかもしれません。
「まねく」のイメージで「準備」の解釈増えた?
さて、9月に発表された2019年度「国語に関する世論調査」では「手をこまねく」の意味について「何もせずに傍観している」と答えた人が37.2%、「準備して待ち構える」は47.4%でした。本来の意味「傍観」として捉えている人が10ポイント下回っています。
2008年度にも同じ質問があり、やはり「傍観」派が「準備」派より少なかったのですが、その差は5ポイント。本来の意味でない捉え方が広がっていることが明確になりました。
文化庁はこの意味のギャップの原因について次のように述べています。
「準備して待ち構える」という意味で使われることが多くなっている理由としては,「こまぬく」が音変化によって「こまねく」と使われるようになり,「まねく」の部分が「招く」と同じ音になることから,「手招きする」というようなイメージで捉えられてしまうためといったことが考えられます。(2012年10月の文化庁月報)
今回のアンケートで「こまねく」を使う人が圧倒的ということは分かりましたが、だからといって「まねく=招く」という音から「準備して待ち構える」という意味が生じたと断じるには材料不足という気がします。
文化庁例文が不自然なのでは
そもそも、「準備」という意味の使用例はそれほど多いのでしょうか。新聞の原稿はもちろん、ネットで検索してもなかなか見当たりません。
文化庁ホームページで見られる「ことば食堂へようこそ!」では、慣用句などの言葉の揺れについてコントふうの動画と解説があります。「手をこまねく」についてはこんなやりとりです。
上司「もうすぐ監査役が来るけど,準備はできてる?」
担当者男性「課長,心配いりません」
上司「そうか,御苦労さん」
担当者男性「手をこまねいて待っているところです」
こんなやりとり、実際にあるのでしょうか。なんだか国語調査に合わせて無理やり作ったような不自然さを感じます。国語調査の質問は「手をこまねいて待っていた」という例文を見せて意味を聞いているのです。
しかし、この慣用句の使い方としては「手をこまねくしかなかった」「手をこまねいているわけにいかない」など、否定的な文脈がほとんどのはず。もしそういう例文で意味を問うたとしたら「準備して待ち構える」と答える人はかなり減ったのではないでしょうか。
少なくとも、これだけは言えます。「手をこまぬく」「手をこまねく」は両方正しい言い方。しかし「準備して待ち構える」という意味で使うのを認めることは、今の新聞校閲としてはありえない、と。
(2020年11月03日)
2019年度の文化庁「国語に関する世論調査」では「手をこまねく」が取り上げられました。どういう意味だと思うかを「何もせずに傍観している」「準備して待ち構える」という選択肢で聞くものでした。
その結果は、本来の意味とされる前者が後者を10ポイント以上、下回りました。ただし、この調査では触れていませんが、「手をこまねく」は本来「手をこまぬく」だったとされます。
文化庁はもうほとんど「手をこまぬく」は使われないと判断したのかもしれません。しかし広辞苑(最新第7版は2018年発行)など、「手をこまぬく」をまず立てて「手をこまねく」は注釈などの扱いにする辞書はそれなりにあります。毎日新聞でもかなり出てきます。皆さんはどちらをお使いですか。
(2020年10月15日)