読めますか? テーマは〈雪〉です。
目次
沫雪
あわゆき
(正解率 63%)「淡雪」とも書く。春に降る消えやすい雪。「あは雪の中に顕(た)ちたる三千大千世界(みちおおち)またその中に沫雪ぞ降る」は良寛の歌。
(2017年02月06日)
選択肢と回答割合
あわゆき | 63% |
こなゆき | 6% |
まっせつ | 31% |
霙
みぞれ
(正解率 52%)雨まじりに降る雪。または、解けかかって降る雪(気象庁の「天気予報等で用いる用語」より)。だから「みぞれ交じりの雪」はおかしな表現だ。なお中原中也の詩「生い立ちの歌」の一節は「私の上に降る雪は/霙のやうでありました」。
(2017年02月07日)
選択肢と回答割合
はなぶさ | 13% |
みぞれ | 52% |
あられ | 35% |
蛍雪の功
けいせつのこう
(正解率 96%)苦学した成果のこと。貧乏で夜の灯火用の油が買えない2人の故事に基づく。一人は蛍の光で、もう一人は窓辺の雪明かりで勉強した。「蛍の光」の歌でも有名。
(2017年02月08日)
選択肢と回答割合
けいせつのこう | 96% |
けいせつのいさお | 3% |
ほたるゆきのこう | 1% |
雪間草
ゆきまぐさ
(正解率 27%)春に解け始めた雪の間から生えてくる草。没後20年を迎えた藤沢周平の短編に「雪間草」がある。草でさえ自分の力で春を迎えようとするという。人間の成長のたとえとして描かれている。
(2017年02月09日)
選択肢と回答割合
ゆきわりそう | 62% |
ゆきまぐさ | 27% |
せっかんそう | 11% |
雪沓
ゆきぐつ
(正解率 33%)わらで作った、雪道用の長ぐつ。宮沢賢治「雪渡り」では「四郎とかん子とは小さな雪沓をはいてキックキックキック、野原に出ました」。なお受験シーズンは雪と重なることが多い。受験生の皆さん、滑らないように。
(2017年02月10日)
選択肢と回答割合
かんじき | 37% |
ゆきぐつ | 33% |
せった | 30% |
◇結果とテーマの解説
(2017年02月19日)
この週は「雪」でした。
歳時記をめくると、日常出合うこともない美しい語があふれています。特に雪に関しては多いと感じます。
例えば「雪の果て」。春となって降る最後の雪を指し「雪の別れ」ともいうそうです。どちらも抱き締めたくなるような日本語ですが、難読語として紹介できないのが残念です。
「雪間草」も情感のこもった言葉です。字面は易しいのですが、今回最も正解率が低くなりました。誤答の多かった「ゆきわりそう」は普通に「雪割り草」と書きます。
「霙」に「英」があるのは、英の字に「花」の意味があるからでしょう。確かに雪の結晶は花に似ていて、漢字を作った人のセンスを感じます。英の字だけで「はなぶさ」と読む姓もあります。しかし「みぞれ」という和語も「みず」との関係を感じさせます。霰(あられ)とともに普通は仮名書きです。それにしても「みぞれまじりの雨」というようなおかしな表現はなくなりませんね。みぞれは雨と雪がまじったものなのだから「まじり」なんて意味がないのに……。
ところで、雪を花などにたとえ美しいものとしてとらえるのは、いかにも雪の恐ろしさを知らない都会的発想です。江戸時代の鈴木牧之は
是(これ)雪の浅き国の楽(たのし)み也。我(わが)越後のごとく年毎(としごと)に幾丈(いくじょう)の雪を視(み)ば何の楽き事かあらん。
岩波文庫「北越雪譜」
とたしなめています。
「北越雪譜」の「沫雪」の項にもこうあります。
春の雪は消(きえ)やすきをもつて沫雪といふ。和漢の春雪消やすきを詩哥(しいか)の作意とす、是暖国の事也、寒国の雪は冬を沫雪ともいふべし。
冬の雪は泥のように軟らかく、雪道を行くことを「雪を漕(こ)ぐ」ともいうそうです。
それに対し春の雪は固まって歩きやすくなるとか。宮沢賢治の「雪渡り」でも、はじめ
雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり、空も冷たい滑らかな青い石の板で出来ているらしいのです。
ということで子供たちはキックキックキックと楽しそうに歩くのですが、後でキツネは「雪が柔らかになるといけませんからもうお帰りなさい」と子供たちを促します。これも都会と感覚が違って、凍った雪は滑って歩きにくいと思うのですが、革靴やビニール製の靴とちがって「雪沓」つまりわらぐつは滑りにくいと思われます。ちなみに誤答の「かんじき」は樏、「せった」は雪駄と書きます。
「蛍雪の功」。普通に考えれば雪明かりのみで本を読むということはありえないので、言葉が現実を超えて美しい情念の世界に入っているといえるかもしれません。ちょうど、苦しかった受験勉強も過ぎてしまえば美化されるように。なお、雑誌「蛍雪時代」はまだ旺文社から出ています。「中一時代」から「高二時代」まではなくなっても、これだけは需要があるようです。
最後になりましたが、豪雪に苦しむ皆さまにお見舞い申し上げます。春はすぐそこというと雪崩の危険があるということを意味し、何の慰めにもなりませんが、せめて雪の美しさ、楽しさだけでなく恐ろしさを忘れないようにしなければと思います。