「刺さる映画」などといったときの「刺さる」をどう捉えるか伺いました。
目次
「共感・感動」が浸透
「この映画は『刺さる』作品だ」といったらどういう意味でしょう? |
胸が痛むつらい作品 4.3% |
共感、感動できる作品 52.1% |
文脈による 30.6% |
「刺さる」をこのように使わない 13.1% |
「共感・感動できる」という意味だとする回答が過半数を占めました。国語辞典で説明される意味としては新しいものなのですが、この使い方になじんでいる人は多いようです。「文脈による」とした人も、一定数はこの意味で捉えるでしょうから、かなり浸透していると言えるのではないでしょうか。
2015年の「今年の新語」の一つ
三省堂の辞書編集者が毎年発表している「今年の新語」ランキングの2015年版で、9位となったのがこの「刺さる」。「三省堂現代新国語辞典風」というその語釈は、
①先のとがったものが、ほかのものの中にくいこむ。「とげが―」②強い刺激をあたえる。「その一言が胸に刺さった」③深く納得したり、共感したりできる。「―キャッチコピー」「なんも刺さらない答辞」[用法]①②が、傷つけるものであるのに対して、③は、感動したり、自分にとってよいと思えるものについて言う。
となっています。③が新しい意味ですね。
「今年の新語」につけられた選評で注目すべきなのは、新しい意味の「刺さる」は、「胸に」「心に」といった言葉なしに使われるという分析です。そうだとすると「胸に/心に刺さる」は「傷つく」意味、「刺さる」単独の場合は「感動する」意味、と形から判別できるということでしょうか。
「胸に/心に刺さる」にも「感動」の意味
19年に出た三省堂現代新国語辞典6版を見ると、上の②に当たる記述がありません。③に当たる部分は「深く納得できるような感動や印象をあたえる」と説明されています。同辞典では「今年の新語」の分析を推し進め、「傷つく」意味を表す場合に「刺さる」は単独では使われない、と判断したのかもしれません。
ただし「胸に刺さる」という項目を見ると「[するどいことばなどが]心に深くとどく。心に刺さる」と説明されています。「深くとどく」という説明には、「納得」のニュアンスが感じられます。岩波国語辞典8版でも「驚きや感動を強く与える。『心に刺さる言葉』」とあります。「胸に/心に刺さる」であればマイナスの意味、とは言い切れません。
また「刺さる」を単独で使用した今回の例文で「文脈による」と回答した人が3割いるということは、「胸に」「心に」がないからプラスの意味だ、と読む人ばかりとは限らないということ。形を見ただけで意味を判別できるほど単純ではないようです。
誤解の余地がないかは要注意
以上のことを踏まえると、新しい「刺さる」は十分に定着した表現で、話し言葉などで登場した場合に説明をつけるほどの対応はもはや不要かもしれません。ただし反対の意味に取られてしまわないか留意は必要でしょう。
回答時の解説で引いた記事のような「刺さる場所」ならば「傷つく」という意味で受け取られることはほぼないとしても、「先輩の言葉が刺さった」のような場合、傷ついたのか感動したのか文脈から読み取れなければ問題です。校閲としてはこういう場合には言い換えを勧める必要があるでしょう。
(2020年04月24日)
ある記事で地域の観光推進担当者が「知らない人にも刺さる場所」を提案したい、と抱負を語っていました。この「刺さる」は最近になって広まった用法で、「深く納得できるような感動や印象をあたえる」(三省堂現代新国語辞典6版)という意味です。
比喩的な「刺さる」は、「心ない言葉が胸に刺さる」のような形で使われていました。痛みを与える、傷つけるという意味で、針やとげなどが物理的に刺さることから容易に連想されます。それがプラスの意味に転換してしまった新語を新聞記事で使っていいものか迷いました。
しかし2019年に刊行された大辞林4版、岩波国語辞典8版でもこの新しい用法についての記述が加えられており、日常的にもよく聞きます。取材相手の話し言葉だったこともあり直さずにOKとしたのですが、読者に広く理解してもらえる表現だったでしょうか。「共感、感動できる作品」という回答が多ければ少しは安心するのですが……。
(2020年04月06日)