二つの国をつなぐ「かけはし」になりたい――漢字ならどう書きますか?
目次
「架け橋」が4分の3を超す
二つの国をつなぐ「かけはし」になりたい――漢字ならどう書きますか? |
架け橋 77.6% |
懸け橋 16.5% |
桟 1.4% |
梯 4.5% |
「架け橋」が4分の3を超え、圧倒的多数を占めました。毎日新聞用語集が比喩的な用法で原則としている「懸け橋」は6人に1人ほど。最近ルールを変更して「架け橋」を原則とした他社の動きは、もっともなものと言えるかもしれません。
桟道の「桟」、梯子の「梯」
まずは「桟」と「梯」から。「桟」は常用漢字ですが「かけはし」は表外訓です。とはいえ珍しい読み方だったわけではなく、正岡子規の「かけはしの記」には「桟や水へとゞかず五月雨」の句が見えますし、時代小説が好きな人なら、国枝史郎の伝奇小説「蔦葛木曽桟(つたかずらきそのかけはし)」が浮かぶでしょう。「蜀の桟道(さんどう)」といえば「箱根八里」の歌にも出てくる険しい道の代名詞ですが、障子の桟からもイメージできる、崖にへばりつくような道が「桟道」。「桟(かけはし)」はそのような道や、崖の間をつなぎ渡す植物のつるでつったような粗末な橋を指します。
「梯」は常用漢字表にない表外字ですが、人名などで見かけるためか「桟」より多くの人が選びました。「梯子(はしご)」に使う文字ですから上下を結ぶものによく使いますが、その場合にも「かけはし」と読むことがあります。有島武郎「或る女」には「天使の昇り降りする雲の梯(かけはし)のように思っている」という例が見えます。昭和の批評家、保田与重郎はエッセー「日本の橋」で「二つのものを結びつけるはしを平面上のゆききとし、又同時に上下のゆききとすることはさして妥協の説ではない」と言いましたが、水平でも垂直でも、ものをつなぐ役目を果たすのが「はし」であり、「かけはし」も同様と言えます。
それぞれ歴史的には理由のある表記ですが、現在ではあまり使われません。常用漢字表の影響もあるかもしれませんが、これらより広く使える「橋」を含んだ表記の方が使い勝手が良いということに尽きるのではないかと思われます。
柱に載せる「架」、ぶら下げる「懸」
さて、そこで「架け橋」か「懸け橋」かということになりますが、アンケートの結果だけから言うと決着はついたかに見えます。「架」を選んだ人が「懸」の5倍に近い。「架橋」という言葉から「橋を架ける」と読みくだし、「架け橋」に転じるというのが直観的に分かりやすいロジックなのではないかと思います。
毎日新聞でも「架け橋」を否定しているわけではなく、回答から見られる解説でも記したように、実際の架橋については「架け橋」を使うこととしています。「架」は「柱と柱との上にかけわたす意」(白川静「字統」)。今の橋の多くは、橋脚に橋桁を載せ、更にその上に路面を渡すような形で造られます。実際に構築される橋には「架け橋」がふさわしいでしょう。
一方の「懸」はもと「縣」(県の旧字)と書いたもの。これは「懸首の像」(同)、すなわち首を逆さにつるした姿を写した文字で、そこから「すべて上より懸け垂れることを縣といい、縣を郡縣の意に用いるに及んで、のち懸の字を用いる」(同)。上からぶらりと垂れ下がるのが「懸」ということで、「桟」の紹介でも触れたように、ツタや植物のつるでつり下げたような橋には「懸け橋」の方が合っていると言えます。
「架け橋」の方が安定、という見解
これらの使い分けをどうすべきか。円満字二郎さんは「漢字の使い分けときあかし辞典」において以下のように言います。
「架け橋」も《架》を使うのが基本だが、丸太橋のように素朴でやや“不安定”なものや、吊(つ)り橋のように“高さ”のあるものは、「懸け橋」とも書く。そこで、「両国をつなぐ架け橋となる人材を育てる」のような場合には、不安定さの少ない《架》がおすすめ。
なんと、比喩的な用法の場合であっても、毎日新聞など多くの新聞社が採用している「懸け橋」より、「架け橋」の方が安定していてふさわしいだろう、という指摘です。うーん、確かに「かけはし」という言葉で何をイメージするかを考えると、こうした考え方も一理ありそうです。
ただし、とくに難しい関係、断絶に近いような関係を前提にすれば、互いの間に橋をかけ渡すにしても多少の無理はしなければならないはず。その意味で崖の間をつなぎ渡す「桟」に通じる「懸け橋」が選ばれるのも、根拠のないこととは言えないでしょう。ケース・バイ・ケースで表記を選ぶということも考えられます。
ケース・バイ・ケースだが、「架」が有力
「架け橋」「懸け橋」ともに可能な表記であることは間違いありません。ただし、アンケートの結果から見るに、「かけはし」という言葉に関しては現在、「架け橋」という表記が支持を集めています。特段の意味を込めずに使用する場合には、一律に「架け橋」と書いたとしても問題はないと言えます。新聞社などがどうするかは、今後の検討に委ねることになりそうです。
(2019年09月17日)
いずれの用字も辞書に載っているものです。ただし、新聞は基本的に常用漢字表に従うので、「桟」の表外訓や、表外字の「梯」を一般用語として使うことはありません。毎日新聞用語集は新聞協会の方針に沿い、「架け橋」と「懸け橋」の二つを使うことを定めています。一般用語の「架け橋」、比喩的な用法の「懸け橋」という使い分けです。
要するに物体として存在し、人や物が通れるようにかけ渡す橋は「架」、「東西の懸け橋」のように物体としては存在しないものの、何かをつなぐ働きをするものについては「懸」を使う、ということです。今回の問いのようなケースでは「懸」を使うことになります。
文化審議会国語分科会による「『異字同訓』の漢字の使い分け例」(2014年)では、「懸(架)け橋」を示したうえで「『かけ橋』は、本来、谷をまたいで『宙に浮く』ようにかけ渡した、つり橋のような物で、『懸』を当てるが、『一方から他方へ差し渡す』という視点から捉えて、『架』を当てることも多い」と言います。懸垂されたものだから「懸け橋」がよいという見解ですが、一方で「架」が多く使われるとも。
たしかに「架」が勢力を増しているのか、最近は比喩的な用法でも原則として「架」を使う新聞社が現れました。どういった使い方が実際になされているのか、皆さんのご意見を伺ってみたいところです。
(2019年08月29日)