勢いよく立ち上がる様子を表すのに「すくっと」「すっくと」のどちらを使うか伺いました。
目次
「すっくと」が3分の2と多数占める
「彼は突然、( )立ち上がった」。カッコ内に入れるならどちら? |
すくっと 24.7% |
すっくと 64.6% |
どちらでもよい 10.7% |
辞書が見出し語にしている「すっくと」派が3分の2で多数を占めました。しかし「どちらでもよい」という方を含めれば、「すくっと」を使う方は3分の1。辞書に記載がほとんどないとは思えない多さです。
正統性では「すっくと」に軍配
擬音語・擬態語を専門に扱う辞典では「すくっ」を見出し語にしたものが見つかりました。「暮らしのことば 擬音擬態語辞典」(講談社)には、「勢いよく真っ直ぐ伸びる様子。垂直に上に向かう時、例えば急に立ちあがる場合などに用いる」とあります。
注目すべきは「『すっく』は『すくっ』より伸びていく感じが薄い」と説明していること。アンケートで「どちらでもよい」を選んだ方は1割程度でしたが、二つをニュアンスによって使い分ける場合もあるようです。
ただやはり「すっくと」が本来だろうという思いは消えません。よく似た言葉で「すっくり」という副詞があり、日本国語大辞典2版では「まっすぐに突っ立つさまを表わす語。すっくと。すっくら」と説明しています。「すくっり」とか「すくっら」というのはさすがに聞きませんから、正統性という観点からは「すっく」の形に軍配が上がるでしょう。
四日市市では「すくっと」という説も
ところで、三重県四日市市では「すっくと」のことを「すくっと」と言う、と書かれたものをインターネット上で見つけました。実は出題者の出身地なのですが、全く思い当たるところが無かったため同級生に聞いてみると▽「すくっと」11人▽「すっくと」2人▽「どちらも/迷う」3人。確かにアンケート結果とは異なり「すくっと」が多数派でした。
さらに福井や愛知出身者も「すくっと」と言う、との情報も頂きました。また「青空文庫」で検索してみると、大阪の作家として有名な織田作之助が「すくっと」を多く使っています。中部から関西圏で優勢な言葉なのかもしれません。ただアンケートで3割超が使うという言葉ですから、単に特定の地域の方言と片付けるわけにもいきません。
自らは「すっくと」を使うという同級生は、「すくすく育つようなイメージから『すくっと』になるのでは」と推測していました。これは有力だと思います。
「くるくる回る-くるっと回る」「つるつるした食感-つるっとした食感」のような擬態語の形から連想して「すくすく」に「すくっと」を対応させる。勢いよく成長する様子と勢いよく上に向かう様子のイメージがつながる。元々「すっくと」という言い方があったため、立ち上がる様子を表す際に混同して使う人も多くなる――という構造でしょうか。「すくっ」の方が「すっく」よりも「伸びていく感じ」が強く出るという前出の「擬音擬態語辞典」の記述も、「すくっ」が「すくすく」を思い起こさせるためと考えれば、この推測とつじつまが合うでしょう。
「伸び上がる」意なら「すくっと」もありか
ともかくアンケートで一定の支持を得ていること、また出題者の地元でよく使われているということからも、今後は原稿の「すくっと」には慎重に対応したいと思います。勢いよく伸び上がるような立ち上がり方ならば「すくっと」もありかもしれません。ただし辞書にある「すっくと」のもう一つの意味「他を圧して高くそびえるさま」(広辞苑7版)に「すくっと」を使っている場合は、やはり「すっくと」と勘違いしていないか確認が必要でしょう。
(2019年09月13日)
「すくっと立ち上がった」という原稿を、「すっくと」の誤記だと思って問答無用で直していたこともあるのですが、あるとき辞書を引いてみてびっくり。大辞林3版の「すっくと」の項に、「勢いよく立ち上がるさま。まっすぐ、すっと立つさま。すくっと」とありました。
とはいっても「すくっと」を見つけられたのは大辞林のみ。他の辞書では「すくと」という表記を併記しているものが多く、新明解国語辞典7版によると「すっくと」は「『すくと』の強調形」。だとすると、「すくと」から「すっくと」ができたように、新しい派生形として「すくっと」が生まれ、認知されつつあるのでしょうか。
毎日新聞の過去記事を検索してみても、「すくっと」は「すっくと」よりかなり少ないものの、度々現れています。安倍晋三首相は2017年の講演で、トランプ米大統領とゴルフをした際にバンカーで転んだことに触れて「あのとき私は(中略)その後すくっと立って、何もなかったようにプレーを続けた」と話していました。
辞書ではかなり劣勢の「すくっと」ですが、機械的に「すっくと」に直すのがためらわれるほどの支持は集まるでしょうか。
(2019年08月26日)