毎年、話題になる文化庁の「国語に関する世論調査」。質問はどうやって作っているのか、調査のねらいは………。2008年から関わってこられた武田康宏さんにお話をうかがいました。
文化庁国語課の国語調査官。高校の教員(国語)を務めたあと2008年から現職。「国語に関する世論調査」は08年から13年まで直接担当し、現在は「後見のような立場」。1966年生まれ。
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注目度が高い「慣用句の使い方」
――「国語に関する世論調査」は大きく報道されますね。
武田さん:調査は平成7(1995)年度から始まっていますが、少しずつ注目されるようになってきたのを感じます。
調査の内容は、報道で扱っていただくことも意識して考えています。例えば、慣用句などの使い方に関する問いは、特に取り上げられることが多いですね。
また、新しく広がっている表現に関する問いもよく報道していただきます。単なる流行語というのではなく、できれば体系的に分析できるような言語現象を取り上げたいと思いながら問いを考えていました。
「~る形」「~する形」の動詞とか「さむっ」「早っ」のような形容詞の語幹を使った言い方とかを扱ってきましたが、ただ、そういうものがたくさんあるわけでもないんですね。
――中には「この設問は適切か」と指摘されるものもあります。
武田さん:さまざまなご意見を頂くことがあります。慣用句などの調査では、辞書にある意味とは異なる使われ方が広まっているもの、辞書が取り上げているのとは別の言い方が定着して使われているもの、そういったものを取り上げて問いにしています。
例えば、平成30(2018)年公表の調査=平成29(2017)年度=で扱った「なし崩し」では、現在刊行されているほとんどの辞書が「借金を少しずつ返すこと」という意味を最初に挙げているんですね。ただ、現代においてはほとんどそういう用例はありません。
それで例文として「借金をなし崩しにする」を示しながら、意味を聞いてみました。例文に頼ってしまったところがあったので、戸惑われた方もいらっしゃったかもしれません。
ほかにも、今ではあまり使われない古い言い回しについて尋ねた問いについては、そういうものを聞いても仕方ないのではないかといったご意見を頂くことがあります。
「本来と違う = 間違い」ではない
武田さん:報道されるときには、こちらが○で、こちらは×、といった取り上げ方になることが多いのですが、調査の考え方は、どちらが正しいということを言いたいわけではありません。
慣用句に関する問いは、期待に応えるという意味で外せないというところもあります。でも、おもしろければいいというものではないとも思っています。
例えば「煮詰まる」「役不足」「流れにさおさす」のように、ほとんど反対の意味で使われることのあるような言葉については、安心して問いにできますし、尋ねる意味もあると思っています。ただ、そういった慣用句がたくさんあるわけではないですね。
慣用句に関する問いは「ただおもしろおかしくやろうとしているだけではないか」と誤解されることがないようにしたいと思っています。
そして、正誤を問題にしているのではない、ということもきちんと伝えたいですね。
――「煮詰まる」のような表現については、「文化庁国語課の勘違いしやすい日本語」という本でもまとめていますね。
武田さん:文化庁のウェブサイトに連載していたものが基になっている本です。編集の方からは「間違いやすい日本語」にしたいというお話もあったのですが、「間違いではない」というのは、私たちにとっては譲れないところでした。
「雨模様の空に雨は降っているか」というようなタイトルはどうか、と提案してみたのですが、インパクト不足だったようです。
――やはり「○か×か」という方がわかりやすいのでしょう。2018年の報道の際は、記事に見出しをつける整理記者から相談されて、「『間違い』ではないので『×』とはしないほうがいい」と伝えました。「本来の意味から派生した使われ方も誤りとまでは言えない」と注記がありましたね。
武田さん:記者発表でもその点については強調しています。報道での扱われ方も少しずつ変わってきたように思います。
調査のせいで「本来の使い方」が増える?
――世論調査で取り上げると、「本来」の意味が認知されるのか、数年後の同じ問いで「本来」の答えが増えているものもあるようです。
武田さん:そういうものもありますね。コミュニケーションでの食い違いについて注意喚起するという点で、意味があると思っています。
一方で、言葉が時代とともに変化しているのだとしたら、その流れを引き戻していいのかという問題があるかもしれません。
ただ、本当に変化するものは、世論調査の結果をお知らせしたところで、なかなか止められないということも感じています。
国語施策の検討資料に
――質問はどうやって決めているんですか。
武田さん:質問のタイプは大きく分けて三つあります。
一つ目に、これまで何年かごとに定期的に尋ねている経年調査の問い。
二つ目に、そのときどきに文化審議会国語分科会で審議されている内容に合わせた問いを用意します。調査結果を検討のための資料にしていただくためです。
例えば、現在、国語分科会では、公用文の書き方について審議されています。2017(平成29)年度の調査で「横書きで文章を書くときに、句読点は『。』(マル)『.』(ピリオド)と『、』(テン)『,』(カンマ・コンマ)のどれを使うか」と尋ねているのも、「公用文作成の要領」という昭和27(1952)年に出された古い通知が示しているルール(句読点は、横書きでは「,」および「。」を用いる)に関わるものでした。
平成26(2014)年度から、審議会で漢字の字体・字形について検討していただいたんですが(「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」)、そのときにも世論調査で、漢字の形についての意識、例えば「木」の縦棒は止めて書くのが適切か、はねて書くのが適切かといった細かいことを聞きました。
――調査結果が審議会で話す材料になるわけですね。
武田さん:そうです。
話題にしてもらえる質問を
武田さん:そして三つ目に、話題にしていただけそうな問いを入れるということがあります。この調査の報道を見て、年に一度くらい、家族で囲むテーブルや仕事帰りの居酒屋などで、皆さんが言葉のことを話題にしてくださるような機会にしていただきたいという意図もあります。
問いは、基本的に国語課を中心に、文化庁の中で作っています。ただし、審議会に関係する事項では、国語分科会の委員にお力を借りる場合があります。
――毎年質問を考えないといけないから大変ですね。
武田さん:慣用句などはいつまでもネタがあるわけではありませんよね。先のことも考えて出題する必要がありそうです。
――2017年度の調査ではカタカナ語の使用についても聞いていました。
武田さん:役所の作る文書などもそうですが、カタカナ語が多くて困るというご意見をよく頂いてきました。カタカナ語を使う側には、日本語にすると微妙なニュアンスが表せないといった意識があるようです。
しかし調査の結果のとおり、受け取る側にとっては、ニュアンス以前の問題として、意味が全然わからない場合も多いわけです。カタカナ語に関する調査からは、そういうことも読み取れると思います。