
「声を落とす」という言葉の使い方について伺いました。
目次
単に「声を小さくする」が7割超
| 「声を落とす」という言い回し、どう受け取りますか? |
| 声を小さくする 73.7% |
| 気落ちして声が小さくなる 11.7% |
| 気落ちして話す 14.6% |
「声を落とす」という言い回しについては、辞書に載っている「声を小さくする」という意味に受け取る人が4分の3近くを占めました。新聞記事では気落ちして話すような場合に使われることが多いのですが、必ずしも一般的な使い方でないことには注意が必要です。
周囲をはばかって話す場合にも
質問に答えると表示される説明でも書きましたが、「声を落とす」の国語辞典での説明は「声を急に低くして小声で言う。声を殺す」(大辞泉2版)のようなものが一般的です。また新明解国語辞典(8版)は「周囲をはばかり声を落とす」という用例を挙げており、周りに聞かれないために声を潜めるというニュアンスをにおわせます。青空文庫で検索すると、近代の文芸作品でも以下のような使い方が見られます。
そうしてこの無恰好な態度で、さも子供らしく母から要るだけの金子を受取った。母が一段声を落して、いつものように、「兄さんにはないしょだよ」と云った時、自分は不意に名状しがたい不愉快に襲われた。
(夏目漱石「行人」、強調は引用者)
声を小さくして周囲に聞かれないようにする、というもので、本来の使い方はこのようなものだと考えるのが妥当に見えます。
新聞記事では「気落ち」の例が頻出
とはいえ、現代の新聞記事などでは下のような使い方が目につきます。
男性社長は(中略)「利払い費がどこまで増えるか分からず、設備投資のための借り入れをあきらめるかどうか悩んでいる」と声を落とした。
(毎日新聞2025年12月20日朝刊)
「金利ある世界」が戻ってきた一方で、元請けへの価格転嫁が進まずに悩む下請け企業の社長の言葉を伝える記事です。「声を落とした」とありますが、特にひそひそ話をしているわけではなく、不安や落胆から声に力が入らない様子という感じです。
毎日新聞の記者に限った使い方ではありません。下は共同通信の記事の引用です。
大阪観光局の担当者は「府内は中国客の割合が全国的に高く、減少分を他国で補うのは厳しい」と打ち明ける。大阪のお好み焼きチェーン店の担当者は「売り上げが落ち込んだ」と声を落とした。
中国人観光客の減少で、売り上げが落ちて気落ちしている様子を感じ取ることができます。これも、元気の良い声ではないということは分かるものの、小声になっているとまでは言えない印象を受けます。「力なく話した」ぐらいに言い換えることができそうです。

修飾語が省略されたか
どうもマスメディア、特に文字媒体に特有な用法にも見えてきます。ただし、昭和期の文芸作品でも、下記のような例はあります。
老人は、熱した頭を、時間の観念にさまされたように、力なく、声を落した。
「いくら、わしが、捕物の名人でも、半夜のうちに、この難事件は片づかん(後略)」(吉川英治「牢獄の花嫁」)
「力なく」という修飾語付きですが、元気がないために声が小さくなる様子を表しています。こうした用法から「力なく」の部分が消えて、「声を落とす」だけで、落ち込んで声に力がこもらない様子を伝えるために使われるようになったのではないでしょうか。
「肩を落とす」などの類推か
正直に言うと、新聞記事では「気落ち」を伝える用法がよく見られるため、出題者もこの使い方に全く違和感がありませんでした。校閲センターのX(ツイッター)には、「肩を落とす」との混用かと指摘する声もありました。確かに「肩を落とす」のほかにも「力を落とす」「気を落とす」のような落胆を伝える言い方があります。これらとの類推から「声を落とす」にも落胆の意を込めて使うようになったのかもしれません。
今回のアンケートでは「声を小さくする」と受け止める人が大勢だったことを踏まえると、新聞記事での使い方には留意する必要があると感じました。せめて文脈において誤解のないよう、チェックしたいと思います。
(2026年02月23日)
「声を落とす」という言い回しは、国語辞典では「声を低くする。小声になる」(大辞林4版)などと説明されます。単に小さくするだけでなく「〔第三者に聞かれたくないことを話すために〕声を低くする」(三省堂国語辞典8版)のように、あたりをはばかって声を小さくすると説明する辞書もあります。
しかしこの表現は、新聞記事などでは別の形で使われます。例えば、知人がクマに襲われたことを知った人が「『まさかこんなことになるなんて』と声を落とした」という具合です。殊更に声を小さくしようとしているわけではなく、元気のないトーンで話すこと、といった使い方でしょうか。
校閲記者としては結構よく目にする用法なので気に留めることもなくなっていましたが、確かに辞書の説明とは違います。皆さんはこのように書かれた記事を目にした時、どのように受け止めるのか知りたいと思い、今回質問いたしました。
(2026年02月09日)
