歌舞伎の「たち役」という言葉の表記について伺いました
目次
送り仮名「あり」も4割
歌舞伎で成年男性の役などを指す「たち役」。どう書くのがなじみますか? |
立役 61.1% |
立ち役 38.9% |
漢字表記では「立役」と送り仮名を入れない方がなじむとした人が6割、送り仮名を入れた「立ち役」を選んだ人が4割弱となりました。慣用の「立役」が優勢ですが、送り仮名を入れたいという人も少なくはありません。
元は舞台に「立つ」人の意
歌舞伎の「たち役」について、「歌舞伎事典」(平凡社)は以下のように説明します。
たちやく 立役
歌舞伎の役柄の一つ。本来は地方〔じかた〕(音楽演奏者)に対する立方(演技者)の意味であったが、のちに女と子供の役を分離して、男の役だけをさすようになった。さらに役柄の分化に伴い、若衆方、敵役、道外方、親仁方を切り離して、善人で思慮深い立派な男に限定された。(後略)
舞台に立って演技をする人、という元々の意味から徐々に細分化され、女役、子役、敵役などを切り離して、善人の男役に限定されてきたと言います。もっとも「現在では、幅広い概念で使われている」ともいい、単に「男の役」を指す使い方もなお行われているとのこと。ちなみに今回の出題のきっかけになった重要無形文化財(人間国宝)のカテゴリー「歌舞伎立役」では「歌舞伎を成立させる演技の役柄の一つで、主役を演じる男性の役柄である」としています。
表記は歌舞伎事典も「歌舞伎大事典」(柏書房)も「立役」。国語辞典も「立役」が優勢で、「立ち役」のみを見出し語に掲げているのは、調べた範囲内では明鏡国語辞典(3版)のみでした。
「立女形」は「たておやま」
ということで慣用の「立役」が表記としては有力なのですが、「立ち役」と送り仮名をつける意味がないわけではありません。
例えば「立女形」と書いたらどう読むか。これは「たておやま」。「一座の最も高い位置にいる女形」(歌舞伎大事典)のことです。「立唄」は「たてうた」、「立三味線」は「たてじゃみせん」、「立作者」は「たてさくしゃ」。それぞれ地方の唄、三味線、および座付き作者の第一の地位にある人を指して使う言葉です。「立○○」と書いたときには、「たて――」と読む場合の方が多いのです。
もちろん、広い使われ方もある「立役」と、中心的な存在という意味の「立○○」を読み分けるのは、慣れればさほど難しいことではないでしょう。ただし新聞は、記事として取り上げるそれぞれの分野について、特に知識のない人も読者として想定しています。「立女形」のような、送り仮名をつけない場合は「たて――」と読んでもらうとして、「立ち役」には送り仮名をつけて読み方をはっきりさせるというのは、事情に明るくない人にも読んでもらうという観点からは、理由のあることだと考えます。
通信社は「立役」、新聞社は「立ち役」
アンケートの結果としては、慣用の「立役」がなじむとした人がやや優勢でしたが、「立ち役」がなじむとした人も4割近くを占めたことから見て、こちらの表記に対する違和感が強いということもないように思います。新聞・通信社の用語集では、通信社が「立役」、新聞社が「立ち役」となぜか表記が分かれているのですが、毎日新聞としては差し当たり「立ち役」を見直す必要はないのではないかと感じました。
(2022年09月08日)
重要無形文化財の保持者(人間国宝)の認定を報じる通信社の原稿に、「歌舞伎立役」とあるのが目に留まりました。「立役(たちやく)」とは歌舞伎で女形と子役以外、すなわち成年男性の役を指します。また、敵役や老け役に対して男の善人の役を言うこともあります。初校を受け持った担当者は、これに「ち」と送り仮名を入れる直しを加えていました。▲日本新聞協会の「新聞用語集」は「立ち役」と送り仮名を入れた表記を記載しており、毎日新聞の用語集も同様です。「立役者」と書かれることの多い「たてやくしゃ」などと読み方を区別する意味があると聞いたことがありますが、確かに送り仮名があれば読み方を迷うことはないでしょう。▲一方で、原稿を配信した通信社の用語集では「立役」と送り仮名を入れずに書くよう案内しています。「慣用」とあり、歌舞伎界での慣用を重視したようです。読みやすさと慣用のどちらを重視するか、皆さんはいかがでしょうか。
(2022年08月22日)