昨年12月、「三省堂辞書を編む人が選ぶ今年の新語」と同時開催された「国語辞典ナイト」のリポートです。複数の国語辞典を見渡したり一つの国語辞典を深掘りしたりしていたこれまでと違って個々の「語」に注目する今回も、笑って楽しんで勉強になりました。

2025年12月3日、東京・渋谷で開かれたイベント「三省堂辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2025』meets 国語辞典ナイト」の後半、国語辞典ナイトをリポートします。
国語辞典ナイトとしては24回目となった今回のテーマは「へんな言葉ずかん」。さまざまな国語辞典を見渡すように論じたり一つの国語辞典を深掘りしたりすることが多かったこれまでとは違い、国語辞典の中の個々の「語」に注目します。
【平山泉】
「国語辞典」ナイトとは
2014年11月から不定期に開かれている国語辞典を楽しむイベント。国語辞典を引き比べたり、まじめに語ったりする一方、時に厳しく突っ込みを入れたり、からかったりすることもあるが、結局は会場に辞書愛をあふれ返らせて終わる。辞書を使って遊ぶ多彩なゲームも魅力。
レギュラーメンバーは三省堂国語辞典(三国)編集委員の飯間浩明さん、ライターの西村まさゆきさん、「辞書ソムリエ」で校閲者の見坊行徳さん、「辞書コレクター」で校閲者の稲川智樹さんの4人。18年の第7回には毎日新聞校閲センターの平山泉がゲストで登壇した。
10月開催の前回に続き、司会を務めるのは今野絵理さんです。後半なので、普段の半分の時間しかありません。急がないと「スライド1億2000万枚ありますから」(西村さん)。1億……以前言っていた「5万枚」も十分おおげさだったのに、2400倍になっちゃっています。
急いでスタートです。
“ナイツ”が「今年の新語」に総突っ込み
テーマの前に、イベント前半「今年の新語」の感想を。筆者は毎年、これも楽しみなのです。でも、「今年の新語」選考委員である飯間さんは「あまり聞きたくない」。舞台の裏で飯間さんを除く“国語辞典ナイツ”はどんな話をしていたのか――今回の「裏」の模様が、なんと動画になっているので、ぜひご覧ください(禁断の楽屋トークを初公開!今年の新語2025に辞書マニアが物申す!?)。
このメンバーですから、今年の新語の第2位になった「オールドメディア」が既に三省堂現代新国語辞典に載っていることは当然把握しており、稲川さんなんて今年の新語募集に「オールドメディア」を考えたものの掲載済みだからと応募をやめたというのです。そんなメンバーが裏で発表を聞いたときには「罵声が上がった……?」(飯間さん)「いえ、悲鳴です」(見坊さん)。
さらに追及は第3位の「えっほえっほ」について。見坊さんは「会場を間違えちゃったかなと」と皮肉たっぷりです。12月1日に発表された「T&D保険グループ新語・流行語大賞」の対象になりそうな語(実際、ベストテンに「エッホエッホ」が入りました)だというのです。
飯間さんの説明は「『えっほえっほ』が入ったのは、(走る写真や動画が話題になった)メンフクロウが可愛いということよりも、これまで辞書に載っていなかったので、それをなんとかしようという気持ちが大きかった」。荷物を担ぐときなどに昔から言うはずなのに「感動詞に対する思いやりがなかった」とも。絵本には出てきても一般の書物にあまり出てこないことも要因ではないかと分析しました。
そんな飯間さんの説明にもおさまらず、稲川さんが詰めていき……そんなところも「今年の新語」直後の国語辞典ナイトの面白さなのでした。
さて、国語辞典ナイトの今回のテーマは「へんな言葉ずかん」。図鑑に載っている生き物のように、国語辞典の中の個々の「語」を取り上げるわけです。「へんな生き物ずかん」といった図鑑に人気があり、乗っかっていこうという狙いが丸見えですが……。
飯間さん「ボクの心に残るへんな言葉」
まずは飯間さんが「ボクの心に残るへんな言葉」。写真は幼少時の飯間さんだそうで、子供のころから気になっていた、辞書に載っていないような言葉を取り上げます。
例えば「訳の訳柄」。

北杜夫「どくとるマンボウ航海記」に出てきたそうで、「一体どういう訳の訳柄か、必ずといってよいくらい尾根を間違えてしまったものである」という文。「訳の訳柄」は辞書にないけれど「訳柄」は日本国語大辞典に載っているそうです。
ほんとだ。
「どういう訳か」と言えばすむところを「訳の訳柄か」と口に出してみると、なんだか調子がいい。北杜夫は多用していたそうです。さらに飯間さんが「国立国会図書館デジタルコレクション」で検索してみると、いずれもロシア文学で、原久一郎という方の訳でした。そこで、飯間さんは北杜夫がこうしたロシア文学を読んで覚えたのではないかと推察したのです。「なんだかへんな言葉」も、ここまで追究できると面白いですね。
また、「さむしい」を紹介しました。漱石の作品は「さみしい」と書きそうなところを「さむしい」と書かれているそうです。井上ひさしの戯曲「吾輩は漱石である」には「さむしい」が使われていて「漱石らしさ」にもなっているとのことで、興味を引かれました。

「さむしい」も実は江戸時代にはあり、漱石だけではなかったのだけれど「漱石語」といっていい――と飯間さんは話しました。
次にいかにも「へん」な「なんじょれかんじょれ」。筒井康隆さんの「熊の木本線」(1974年「おれに関する噂」所収)で変な歌を歌いながら踊り出すという場面に出てくるそうです。

「なんじょれ熊の木 かんじょれ猪の木」。でたらめに作った歌のように思いますが、飯間さんは「かんじょれ」についてジャズメンたちのつくった言葉であること、「なんじょもかんじょも」は山形方言にあるということも調べ当てました。これについても国立国会図書館デジタルコレクションが手がかりになったそうです。
次の「追いがけ」は筆者も聞いたことがありません。飯間さんが三省堂国語辞典に初めて携わったときから、資料を探しても見つからなかったそうです。その後、11年に「語の存在証明のため」残そうと決めたことと、ウェブの用例一つをメモしたとか。そして、これまた国立国会図書館デジタルコレクションに見つけたそうで、めでたく現在の8版にも残っています。
②の意味「あとからさらに加えること」(用例「カレーの追い掛け」に会場から納得のどよめきが!)が加わりました。
最後は「お言添え」。あ、これは「三省堂国語辞典から消えたことば辞典」に載っています。

LINEスタンプにもなっている「おことぞえ」
「消えたことば辞典」の著者である見坊さんが手元の同辞典を開いていることに気づきました。その項目の脚注には7版で消えたことと「実例がほとんど見当たらないとして削除された」ことが書いてあります。これも国立国会図書館デジタルコレクションに見つかったそうですが、現代語ではないと判断して削除したとのことでした。
このように「へんな言葉」も国立国会図書館デジタルコレクションのおかげで正体がわかってありがたいものの、飯間さんは「文明が開けるとお化けが消えていくような一抹の寂しさも……」と心境を語りました。
稲川さん「町のへんな言葉」
次は稲川さん。まずはつかみで「『祝前』が気になりますね」。

祝前が辞書に載っていないと怒る稲川さんは

辞書からでなく町(街でも)の中で「へんな言葉」を見つけよう!というテーマです。生きた言葉、つまり「校閲を通っていない野生の言葉」を校閲者でもある稲川さんが紹介するというのです。
早速、卒の略字「卆」に「絶滅危惧種を見つけた」と喜びます。

曜の略字(日へんに玉)は時々見かけますが、稲川さんは「亜種」も見つけました。

「園」の略字を見つけた稲川さん、園と国と円がそれぞれ独自に進化(?)していき「収斂(しゅうれん)進化」するのだと説きます。
漢語のなかまもエレベーターの中で見つけた稲川さん。

「着床」がエレベーターの中に?と、びっくりしていると、

ちゃんと三国には「エレベーターのかごがある階に止まること」という意味が載っているのでした。さすが……。
「旬」のなかまもたくさん見つかりました。


「旬摘み」などもあって旬のなかまが増殖中。「生態系に大きな影響を与えています」(稲川さん)。生態系?……。「繁殖力が……」(西村さん)
さて、明鏡国語辞典に「誤り」と明記されている表記「丼ぶり」ですが、

「めちゃくちゃある。誤りと言われながらも繁殖力が強いんですね」(稲川さん)
「繁殖してるの?」(見坊さん)

これはよく目につきます。「坦々麺」。「担ぐ」の「担々麺」でなければいけないはずですが、「淘汰(とうた)されることなく、(坦々麺が)しぶとく生き残っています。当て字としていいのでは」と稲川さん。新聞はそうもいかないかな……。
稲川さんが「相似」と呼ぶ仲間はいっぱい。町なかで見つけてみてください!と締めました。
本当に図鑑らしいプレゼン。「言葉は生き物といいますからね」と稲川さんはまとめました。
(近日公開の㊦につづきます)




