
「爆笑」という言葉は一人の大笑いの場合にも使えるかをうかがいました。
目次
一人の爆笑、「あり」が多数派
| 一人で大笑い――これを「爆笑」というのはあり? |
| あり 76.5% |
| なし。「爆笑」は大勢の笑い 23.5% |
その結果、ほぼ4人に3人が「あり」と答えました。「あり得ない。本当は大勢で笑うことだ」と思う人は少数派のようです。
辞書などには「大勢で笑う」とあるが
爆笑という言葉の使い方に敏感な校閲者は少なくないようです。例えば、特に名は秘しますが校閲の同業者の著書でこういう部分があります。「正しい使い方はどっち? ①テレビのお笑い番組を見て一人で爆笑していた②漫才師の爆笑のギャグに誘われ、会場は爆笑の渦だった」。「答え」は②で、解説には、本来「一人で笑う」場合には使いません――とあります。

確かに、少なからぬ辞書が「大勢で」「一斉に」「どっと」などと書いています。明鏡国語辞典3版には「使い方」の欄で「一人で大声を上げて笑う意で使うのは新しい言い方」とあります。
この記述から想像される状況として、初めは劇場や寄席などで大勢が笑っていたのが、テレビやインターネットの普及により一人で大笑いすることが増えたという変化が考えられます。
100年近く前から一人でも「爆笑」
ところが、この「新しい言い方」というのも実はそんなに新しくないのかもしれません。
爆笑という漢語は諸橋轍次「大漢和辞典」にも見つからないので、おそらく和製熟語でしょう。そして三省堂国語辞典8版に「このことばが広まった昭和戦前から一人で爆笑する例は多く」とあります。「爆笑」という語は100年くらい前から現れ、その当時から一人の場合でも使われていたことになるようです。
日本国語大辞典2版の用例にある最も古い例は徳川夢声の「漫談集」(1929年)。
彼れ忽ち無我の境に這入って、呶鳴り、絶叫し、哄笑し、爆笑(バクセウ)しの盛況を呈して
これだけでは状況がわかりませんが、神永暁さんのウェブ記事「日本語、どうでしょう」の「“爆笑”問題」の回で解説してくれています(本は「悩ましい国語辞典」)。
個性的な無声映画の見習い活弁の話で、この活弁は不器用で、ガアガア野次るように怒鳴り、さらにはせりふに夢中になるとせりふ通りの仕草を始めるというのである。つまり前後から判断すると、「爆笑」しているのは観客ではなく活弁本人らしいのだ。
他にも確実に「ひとり笑い」だといえる例は筆者も何例か見つけているのだが、なぜか今までの国語辞典ではその意味が無視されていたのである。
「一人で爆笑」誤用扱いは無理筋
確実に「ひとり笑い」だといえる例として、次のものも電子図書館「青空文庫」で簡単に見つけ出せます。江戸川乱歩の「人間豹」(1935年完結)の最後の章題が「大空の爆笑」なのです。推理の要素こそありませんが異常にスリリングな展開で一気に読ませます。最後近くの場面は――
「ワハハハハハ明智君、あばよ。恒川君、あばよ。ワハハハハハ」
飛び上がる風船と共に、悪魔の哄笑(こうしょう)は、スーッと、尾を引くように、遥(はる)かの天空へと消えて行った。
乱歩さん、こういうシーン大好きですねえ、という感想はともかく、明らかに一人による文字通りの「高笑い」です。
ちなみに、徳川夢声の例でも「哄笑し、爆笑し」とあり、「人間豹」でも文中の「哄笑」を受けて章題が「爆笑」。「哄笑」が「爆笑」と同じ意味合いで用いられています。
哄笑について調べると、芥川龍之介の「LOS CAPRICHOS」(1922年)という短編の冒頭にこうあります。
笑(わらひ)は量的に分てば微笑哄笑(こうせう)の二種あり。質的に分てば嬉笑(きせう)嘲笑(てうせう)苦笑の三種あり。……予が最も愛する笑は嬉笑嘲苦笑と兼ねたる、爆声の如き哄笑なり。
爆声のごとき哄笑――ここから「爆笑」という語になったと考えるのは早計にすぎますが、哄という字より爆の方にインパクトがあるので一般に広がっていったと考えるのは無理がないでしょう。

そして、かつてはおそらく一人よりも大勢の場合の方が多かったので、辞書ではそういう語釈で書かれることが多かったのですが、今では「爆笑」が人数に関係ないという認識の方が圧倒的ということになっているようです。
つまり「一人で爆笑」は誤用とみなすのは無理があるといえるのではないでしょうか。
(2025年11月03日)
「爆笑」という言葉は時々問題になります。例えば旺文社国語辞典12版の「爆笑」は「大勢の人がいっせいにどっと笑うこと」という語釈です。似たような書き方は他の複数の辞書で確認できます。そこで、一人で大笑いすることは「爆笑」といえるか話題になります。
しかし、三省堂国語辞典8版は「ふき出すようにおおきく笑うこと」という語釈の後に「『一人で笑う場合に使うのは誤り』と言われることがあるが、このことばが広まった昭和戦前から一人で爆笑する例は多く、人数を問わず使える」と注釈があります。
恐らく、大笑いは劇場や酒場などの場で多くの人から爆発的に生まれやすいという状況から、爆笑は一人ではできないという解釈が生まれたのだろうと想像します。また一人の大笑いは「爆」という漢字の破壊力に及ばないという見解もあるかもしれません。さて、皆さんは一人で爆笑したことありませんか?
(2025年10月20日)
