和歌山県のアドベンチャーワールドのジャイアントパンダ4頭が中国へと旅立つ日(6月28日)が近づいてきました。中国に所有権があるとはいえ、すべて日本生まれのパンダたちを「帰国」と書くのは適切か、ほかの言い方の方がよいか。これをうかがいたいと思いました。
目次
「返還」が過半数占める
日本生まれのパンダ、中国に「帰国」……いかがでしょう |
貸与されているので「帰国」で問題ない 20.6% |
おかしい。「返還」とすべきだ 60.1% |
「帰郷」なら許容範囲 19.3% |
結果は「返還」が半数以上で「帰国」は2割程度にとどまりました。モノのような語感がある「返還」を嫌だと思う人も少なくないかもしれませんが、それよりも初めて行く地に「帰」の字を使うことの方が問題と思う人が多いという結果と受け止められます。
「帰国」に二つの違和感
何かヘン「パンダが帰国」云うニュース
これは毎日新聞の「仲畑流万能川柳」に載った「名誉教授」さんの川柳です。想像するに、何かヘンという「何か」は2点あります。
まず「帰国」は主に人間について使うので、パンダに使うことがヘンな感じを与えることが考えられます。
そして、今回の4頭のパンダは中国から貸し出されたものではありますが、日本生まれで中国は初めてということを考えると「帰国」という言葉が適切かどうか。
アドベンチャーワールドのホームページでは「帰国」という文字が見られます。

アドベンチャーワールドのウェブサイトから
だからといって新聞が同じ表現を使わなければならない決まりはありません。パンダについて毎日新聞はどう報じてきたでしょう。
シャンシャンの時は「帰国」控えめ
2002年12月にはこんな記事がありました。
00年7月に来日したが、繁殖能力が低いため、神戸市灘区の市立王子動物園から中国への返還が決まっていたジャイアントパンダの雄コウコウ(6歳)が5日、輸送車に乗せられ同園を出発し、帰国の途に就いた。
このころ既に「帰国の途」「来日」と、人間並みの言葉が使われていました。もっとさかのぼれるような気もしますが、少なくとも20年以上「帰国」は使われています。
では比較的最近の、日本生まれのシャンシャンはどうだったでしょう。
きのう帰国した上野生まれのシャンシャンに続き、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドの永明(えいめい)、桜浜(おうひん)、桃浜(とうひん)の3頭もきょう中国に帰る。
これは1面コラムの「余録」から。2023年当時の記事から「シャンシャン」「帰国」で検索してひっかかったのはこれぐらいであり、ニュース記事としては「返還」が中心で、「帰国」は控えていたようです。
今回の4頭についても、ある記事では当初「帰国する」だったのを相談して「返される」に直したことがありました。もっとも、それで統一できているわけではありません。
本来あるべき場所に戻る意の「帰」
ところで、「帰」の字は文字通り「かえる」意味の使い方とは限りません。「水泡に帰する」とか「帰依」とか。円満字二郎さんの「漢字ときあかし辞典」によると
「帰」は“落ち着くべき場所・状態”に意識がある。そのため、たとえば「手放したお宝がかえってきた」のような場合に「帰」を用いると、“本来あるべきところに戻ってくる”という意識が強く出ることになる。
とのことです。ここで挙げられる「お宝」をパンダ、「本来あるべきところ」を中国と読み替えると、「帰」の字で問題ないという判断になるかもしれません。
しかし「帰国」と国の字が入ると、複雑な事情がからんできます。連想されるのは、中国残留日本人孤児の「帰国」です。国家間の戦争で実の親と引き裂かれ、日本語を知らないまま中国で何十年も過ごした人が「帰国」し、なお言葉や文化の壁に苦しみ、孤立するという報道を見聞きすると、「祖国」って何だろうと思わずにいられません。
考えてみればパンダも似たところがあります。本来、中国の山奥で暮らす動物だったのを、人間の都合でモノのように貸し借りされたり、飛行機で運ばれたりするのです。
だから、日本生まれであっても、本来の生息の地に戻るという意味では「帰郷」が一番ふさわしいともいえます。
言葉の問題も悩ましいですが、パンダたち本来のふるさとで幸せな第二の人生……いえパンダ生を送ることを祈りましょう。
(2025年06月16日)
和歌山県のアドベンチャーワールドにいるパンダが今月末、4頭とも中国に返還されることになりました。この4頭は日本生まれですが、中国から貸し出されているので、いわば中国籍です。
飼育しているアドベンチャーワールドは「帰国」と発表し、毎日新聞などでも「帰国」の言葉を使って報じています。しかし、日本生まれ、日本育ちで、初めて中国に行くことになるのに「帰」という文字を使っていいのかという葛藤があります。
もちろん、本籍が中国なので初めてでも「帰国」で問題ないという意見もあるでしょう。モノのイメージの強い「返還」よりはましと思う人もいるかもしれません。また、帰の字を使うにしても「帰郷」ならルーツの地方に戻るということで「帰国」よりは受け入れられやすいだろうか……などと考え三つの選択肢を用意しました。いかがでしょうか。
(2025年06月02日)