常用漢字表に並んだ漢字を眺めると、「一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安」(常用漢字表の前書き)というには「はてな」と思わせる漢字もある。たとえば「謁」。読みは音読みで「エツ」。ふだんは、よほどのことがないかぎり使わないのではないか。個人的には、少なくとも私ごとで使った記憶はない。
「謁」は「ことばを具陳する意。ひいて、まみえる意になった」(角川漢和中辞典)という(「具陳」は、詳しく述べること)。「なふだ(名刺)」などの意もあるようだ。どのような語を作るかといえば、「謁見、内謁、拝謁、謁者、謁する、謁をたまわる……」。一般的な新聞記事に登場する、あるいは必要とされるような語ではない。出てくるとすれば、歴史的な資料の引用だったり、皇室および外国の王室関係の記事だったりと特別な場面に限られる。皇室・王室関係の記事でも、私たちの生活感覚から離れすぎないような言葉で表現すべきだという考えがある。というわけで、これまで毎日新聞では原則として「謁」を使用しない漢字という扱いにしてきた。
だが、世の中で使われる漢字は、時代によって違ってくるし、使われる分野も一様ではなくなってくる。日々の暮らしでは使われなくとも覚えておいたほうがよい漢字もある。記事には積極的に使うことはしないにしても、「原則として使わない」とまで制限するのは、かたくなに過ぎる。そんなことから、2010年に常用漢字が改定されたのを機に、「使わない」字から外すことにした。
ただ、少し気がかりなことがある。たとえば「ローマ法王は、多くのカトリック信徒に謁見した」。この「謁見」の使い方、どうだろうか。「謁見」は「手続きを経て、身分の高い人に会うこと」(新明解国語辞典7版)「貴人または目上の人に面会すること」(広辞苑6版)で、謙譲の意が込められている。敬意を払う側と敬意を払われる側、前者は信徒、後者がローマ法王と考えるのが一般的だが、例文では逆になってしまう。「多くのカトリック信徒が、ローマ法王に謁見した」とすべきところだ。辞書も「女王に謁見する」「大統領に謁見する」「将軍に謁見する」などの例を挙げる。「女王が謁見する」とはしていない。使う場面が限られ、それほどの頻度もないだけに、例文のような表現が出てきて、うっかり見落としてしまうのでは、と気になっている。
そうしたら、この「謁見」の語の説明を「貴人に会見すること。また、貴人が会見すること」、「謁する」の項でも「貴人に会う。また、貴人が会う」(集英社国語辞典3版)としている辞書があった。謙譲語としての使い方を掲げつつも、「お会いになる」という尊敬語表現として「ローマ法王が信徒に謁見する」のように使うことも認めたものと解釈できる。すでにそういう使い方がされている、ということだろう。
同じような記述をしている辞書はないかと、手元にある何冊かを調べてみたが、見当たらなかった。いまのところ「謁見(する)」は「(目上の人・貴人)に謁見する」と表現するのが適切のようだ。毎日新聞の用語集では、「謁見」を使うことを妨げないが、「お会いする、お目にかかる、お目通り、面会」などの言い換えも用いるようにしている。
【軽部能彦】