今から8年前の毎日新聞朝刊でのこと。「金色夜叉」で有名な尾崎紅葉を紹介する記事に「紅葉」として添えられた人物画像が、実は別の人のものだったという間違いが起きました。取り違えられたのは、大河ドラマ「八重の桜」にも登場した幕末の洋学者、佐久間象山でした。
2人の顔を見比べてみると、象山(写真上)は、自らをナポレオンに擬したという傲岸不遜さがそのまま顔に出たような容貌で、射るような目つきはヒグマのような精力を感じさせます。1854年にペリーが2度目に来航した際、警護役の一員として控えていた象山の前を通ったペリーがなぜか頭を下げたという逸話があります。その目つきの鋭さを見ると、ペリーの気持ちもわかります。
一方、江戸っ子の紅葉の顔(同下)からは、「言文一致と豆腐は大嫌い」という言葉にも表れる軽妙さ・明るさが感じられます。弟子には大変厳しかったといいますが、その分世話も焼き、よく冗談を言って笑わせたそうです。
象山は吉田松陰や勝海舟ら、幕末に活躍した英傑たちの師として知られ、紅葉も硯友社のリーダーとして泉鏡花らの作家を育てました。2人とも優秀な弟子を世に送り出したことでは共通していますが、顔は似ても似付きません。2人を取り違えたのは、社内のデータベースに人物画像を登録する際、象山のものを紅葉として登録したためでした。その時も、「紅葉」のつもりで呼び出した「象山」の画像を改めて確認せず、そのまま使ったようです。
毎日新聞では、大量の写真を所蔵しており、特に戦前のものが充実しています。それらを紙面づくりに役立てようと、データベースに登録し、検索機能なども加えているのですが、なにぶん点数が多いためどうしても入力ミスは起こります。校閲は、日々のニュースのチェックはもちろんですが、時間の経過とともにそれらが「資料」になるときは、どうやって管理できるのか。どんどん積み重なる「歴史」を前に、限られた人員でどう対処すればいいのか――。悩みはつきません。
【田村剛】