「始末書だ、始末書!始末書を書け!」。その日、普段通り支局に上がった私を待っていたのは支局長の怒声だった。
「(何かやってしまったか、しかし身に覚えがないぞ)……」。私があっけに取られていると、デスクがその日の朝刊を手に近寄ってきた。「君のニュース検定の記事。雑感を取った人の名前が間違っていた」。「えっ!!」
前々日に広島市内で取材した、わが社ものの「ニュース時事能力検定」で、検定終了後に受検者の男性の声を拾った。「内容は難しかったですか」「自信はありますか」――いくつか質問を重ねて、いつも通り最後に住所、職業、氏名、年齢を聞いた。
「お名前を教えていただけますか」「名前は『スバル』に似た漢字1文字で、コウです」。「ああ、あの字か」と急いでノートに書き込む。(スバルじゃなくてコウか、珍しい名前だな。)
取材を終えて、原稿を書くために支局に戻り、取材ノートを開いた。そこにあった名前は「昴」。「コウ(昂)」と1画多い「スバル(昴)」とを逆にしていたのだ。
言い訳がましいが、辞書やインターネットを使って確認しようという意思はあった。完全な自信はなかったからだ。しかし、そのときはなぜかその動作を怠ってしまい、モニター、ゲラの2段階チェックを通してしまった。
紙面を見た男性のご家族が支局に電話を入れてきたらしかった。「優しい人でよかった」。デスクの一言が唯一の救いだった。「思い込み」が最大の敵だと知った。そして、当然のことだが「読者は紙面を厳しく、細かく見ている」と改めて胸に刻んだ。現在の校閲の仕事にも通じる教訓だ。
経過を報告する私に支局長が教えてくれた。「漢字の間違いをなくすためには、(取材)相手に名前を書いてもらうことや」。街頭取材などで、わざわざ足を止めてもらった上に、名前まで書かせるのはどうか、という思いもあったので、自分流のアレンジ「自分で書いて相手にノートを見てもらう」をそれ以降は徹底した。そのかいあってか「スバル事件」が最初で最後の「訂正」になった。