「学べるゲラ」とは
実際の新聞原稿を元に、校閲記者が見つけた(見逃した)間違いやありがちなミスを盛り込んだゲラ(校正刷り)を作成しました。読んで誤字脱字・事実関係の誤りなどを探してみてください。
校閲記者が読んだ後の「校閲後」のゲラと解説(有料会員限定)も掲載していますので、自分の入れた直しと見比べられます。
「校閲は先輩のゲラを見るのが一番の勉強」といわれます。ゲラからは、校閲記者がどのように読み、考え、調べ、直しを入れて疑問を出すかが読み取れます。専門の校閲・校正者以外の方が「校閲後」のゲラと解説を読むだけでも、間違えやすいポイントやミスの潰し方などの参考になります。
👉学べるゲラ第50回・校閲前(PDF)
※こちらから別タブ表示、ダウンロードすることが可能です
国連総会や安全保障理事会の決議や議事は、インターネットのデータベースで原文を見ることができます。原稿中の日本語に対応する英単語はよく出てくるものを覚えておくと便利です。
※原稿の赤字の書き方は毎日新聞での習慣によるもので、一般的な書き方と異なる場合もあります
👉学べるゲラ第50回・校閲後(PDF)
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直しの難易度の目安
<誤字脱字・誤用など>
【★☆☆】丁寧に読めば指摘できる
【★★☆】基本的な校閲の知識で指摘できる
【★★★】言葉に関する専門的な知識や経験が必要
<文脈理解>
【★☆☆】普通に読めば指摘できる
【★★☆】注意深く読む必要がある
【★★★】原稿全体の理解や背景知識が必要
<事実確認>
【★☆☆】常識的な知識で指摘できる
【★★☆】調べれば比較的簡単に指摘できる
【★★★】綿密な調査が必要
「国連デジタルライブラリー」を活用する
【★★☆】(1段落目)8カ国が反対→9カ国が反対?
【★★★】(4段落目)中東問題でも発言することを認める→中東問題以外でも発言することを認める?
国連総会での決議を見るには、国連デジタルライブラリーが便利です。
まずは「Palestine」(パレスチナ)と入れて検索してみます。
さらに、左側の欄で条件を絞り込みます。今回は「今年5月10日の総会で採択された決議」なので、「2024」「General Assembly」「Resolutions and Decisions」にチェックを入れます。General Assemblyは総会を意味し、Resolutionsは「決議」、Decisionsは「決定」などと訳されます。
「Admission of new Members to the United Nations ” resolution / adopted by the General Assembly」(国連新加盟国の許可/総会による決議)というデータが表示されました。(https://digitallibrary.un.org/record/4048289?ln=en&v=pdf)
日付も5月10日であり、今回の原稿に出てくる決議に該当しそうです。原稿と突き合わせて中身を確認していきます。
国連総会で5月10日に採択された決議で、
「国連憲章4条に基づいてパレスチナの加盟が認められるべきである」ことや、「4月18日の安保理で拒否権行使により勧告が妨げられたことに対する遺憾と懸念」などの内容が確認できます。
さて、原稿には「パレスチナが国連総会で中東問題でも発言することを認める」とありますが、ここはどうでしょうか。パレスチナは中東問題の当事者です。中東問題で発言する権利があるのは当然と思われますが……。
決議の終わりにあるAnnexという部分が「付属文書」で、パレスチナに認められた特権(The additional rights and privileges)が書かれていました。中東問題(Middle East issues)について触れられているのは、
(b) The right of inscription on the list of speakers under agenda items other
than Palestinian and Middle East issues in the order in which it signifies its desire to speak;
この部分です。other than Palestinian and Middle East issues とあるので、パレスチナ問題と中東問題以外の議題についても発言権を認める、ということのようです。「中東問題以外でも」とするのがよいのではないかと問い合わせます。
決議の中身は確認できましたが、このページだけでは、賛成・反対・棄権した国の内訳など投票の内容はわかりませんでした。採択のプロセスがわかるものがないか、検索画面に戻ってもう一度見てみることにします。
「2024」「General Assembly」はそのままにして、「Resolutions and Decisions」のチェックを外します。代わりに上部のキーワード検索に「Resolution」を加えてみました。
画像の一番上の資料が「5月10日の総会決議」に関連しそうなので見てみます。すると、
「Resolution ES-10/23」について「143対9、棄権25の投票によって決議案が採択された」という内容が出てきました。「ES-10/23」というのは上で参照した決議です(青字をクリックすると、先ほどの決議にジャンプします)。この資料で間違いないようですね。
下の方には、
賛成(In favour)、反対(Against)、棄権(Abstaining)それぞれの内訳が載っており、米国やイスラエルのほか、チェコやハンガリーなど全部で9カ国が反対したことがわかります。原稿の「8カ国」は「9カ国」ではないかと問い合わせることにします。
原稿には「英国やドイツは棄権」「フランスやスペインは賛成」というくだりもありましたが、それもここで確認できます。
いろいろなパターンで絞り込み資料を探す
【★★☆】(2段落目)ロシアが拒否権を行使→米国が拒否権を行使?
原稿を通して読めば、ロシアではなく米国であると無理なく指摘できるはずです。
念のため原文にもあたっておきたい……という方は「安保理で4月18日に否決された」ことをヒントに条件を指定し、これまでと同じ要領で調べることができます。
「Security Council」(安保理)にチェック。さらに、上で参照した5月10日の総会決議には「Documents and Publications」のタグがついていたことから、ここにもチェックを入れてみます。「Meeting Records」(議事録)も関係するかもしれないので選んでみました。否決されているので「Resolutions and Decisions」にはチェックを入れません。
少しでも絞り込むための条件指定ですが、一度でうまくいかなくても、いろいろなパターンを試してみてください。
検索結果をスクロールしていくと、関連しそうなものがいくつか出てきます。とりあえず「4月18日」とあるものを順番にざっと見てみると、「9609th meeting」というページに知りたい情報がありました。(https://digitallibrary.un.org/record/4045076?ln=en&v=pdf)
やはり拒否権を行使したのは米国となっていました。
その他の直し箇所
【★☆☆】パレスチナは……国連加盟が認めるべきだ→パレスチナは……国連加盟が認められるべきだ
主語と述語がねじれてしまっています。書き出しが「パレスチナは」であること、原文が「should therefore be admitted to membership」と受け身の形であることから「認められる」と直しましたが、短く「加盟を認めるべきだ」と直すのもよいでしょう。両方とも直して「加盟を認められるべきだ」としてもよいです。
【★☆☆】揺るぎない指示を確認→揺るぎない支持を確認
【★☆☆】外向筋→外交筋
「外交関係者」の意味なので「外交」が適当です。「外向」は「心の働きが外部の物事に向かうこと」(広辞苑7版)。
「従来から」は意味が重複する表現
【★★☆】従来から→従来
「従来」だけで「以前から今まで。これまで」(岩波国語辞典8版)の意味です。
【★☆☆】拒否権の再公使→拒否権の再行使
明らかな変換ミスですが、国際関係のニュースに出てくると違和感が少なく見逃してしまいそう。「虚偽有印公文書作成・同行使」など漢字が続く場合にも紛れ込みやすい誤りです。
【★☆☆】国家とて存在する→国家として存在する
「とて」は文脈によって「……と言って」や「……だとしても」などさまざまな意味になるやや古風な連語ですが、ここではしっくりきません。国際連合日本代表部のホームページで志野光子・国連次席大使の声明を見てみると、Both Israel and Palestine have a right to exist as peaceful and independent states とありました。asの訳であれば「として」がよさそうです。
【★☆☆】オブサーバー国家→オブザーバー国家
つづりはS(observer)ですが、実際の発音に近い「ザ」が定着しているので、「オブザーバー」に直します。
質問受け付けます
「ここに赤字が入っていないが直さなくていいのか」「解答例の直しは不要ではないか」など質問がありましたら、お問い合わせページからタイトルを「学べるゲラ第50回質問」としてお寄せください。質問が多かった箇所やなるほどと思った指摘を中心に、このページで回答いたします。全ての質問に回答できるわけではありませんのでご了承ください。