字体は時代により複雑怪奇な変遷を経ています。先日亡くなった曙太郎さんの「曙」と、これも大きなニュースになった賭博の「賭」の字を題材に、「点」の有無について見ていきましょう。
曙太郎さんの訃報に接し、私は最近他紙の点検をめったにしませんが、4月12日だけは各紙朝刊の見出しを見比べました。そして「毎日新聞だけ違う!」ということに気づかされました。
目次
曙の「、」付きには「天」の意味が
左が毎日新聞。真ん中は読売新聞、右は東京新聞。他に朝日、産経、日経も同様で割愛しましたが、違いにお気づきだと思います。
毎日新聞だけ「つくり」の「者」の真ん中に「、」が入っています。どうして毎日新聞だけこんなことになったのでしょう。
その前に、パソコンやスマートフォンでなどで「あけぼの」と打って変換してよく目をこらしてください。「、」のない「曙」しか出ないのではないでしょうか。
毎日新聞が「点つき」の字を載せたのには、もちろんちゃんとした理由があります。
1992年5月27日、大関昇進伝達式で、元高見山の東関親方は「曙」のしこ名に「、」を加え
とすることを明らかにしました。同日夕刊には
東関親方は色紙に書かれた「曙」のシコ名を掲げ、筆で朱色の点を入れた。大関昇進を機に改名。「天(点)は自分でとってきた」の意味が込められた「大関・
」が誕生した。
とあります。
でもサイトでは「、」なしの曙
テンのない「曙」は常用漢字ではありませんが、1990年に人名用漢字になりました。常用漢字の字体「者」「署」「暑」「諸」などには「、」は付きません。曙の字にも「、」がつかないのは文字の統一感からすれば当然で、毎日新聞としてもその字体に合わせていました。しかし、大関昇進と共に点がつく字体になり、対応を迫られました。
1992年6月に以下の内部通達が出ました。
《用字変更――新大関「曙」を点つきに》
5月27日、大関に推挙された「曙」について、例外として点を入れた
に変更します。実施は6月22日の名古屋場所番付発表からとします。
曙は、90年4月に人名用漢字として追加された118字の一つ。本社はこの際、改正戸籍法施行規則に掲げられた字体(略体字)を採用することにしたので、以来、点を入れないできました。
しかし、「天をとった」シコ名に“点”を入れる改名が大々的に報じられ、広く話題になりました。また新聞、TVの大勢も改名通りの表記に並びました。本人の意思等を尊重して、本社も点つきに変更するものです。
毎日新聞紙面の訃報で「点つき」だったのは、この通達を忠実に守っていたからです。通常は、本人が特殊な字体を用いていても新聞でその通りに書くとは限らず、あえて一般的な字に直すことが多いのですが、これは「、」を付けた字が大々的に報じられたことによる特殊ケースといえます。
ところが、訃報を伝える毎日新聞のニュースサイトでは点のない「曙」になっています。「点つき」の字体はネットでの表示が難しいのです。
日本相撲協会のホームページでも「曙」と点なしで表示され
しこ名履歴 大海 → 曙 → 曙(つくりに点が付く)
となっています。
紙面で「点つき」にすることはできるとしても、ネットでは違う表示になるのならば、いっそ「点なし」の曙に統一した方がよいという意見もあろうかと思います。逆に、ネットはネット、紙面は紙面だけの統一性を保持すべきだという方針も筋が通っています。
賭は「、」付きで常用漢字に
微細ではありますが「点」の有無に関する字体の混乱は曙にとどまりません。
「賭博」が大きなニュースになっていますが、「賭」も曙と同じ構成要素を持ちます。賭は2010年の常用漢字表改定で追加された字の一つで、これには点があります。
常用漢字表本体の前にある注意書きでは
とあります。どちらも使えることをうたっているとはいえ、一つの媒体では統一しなければなりません。毎日新聞では以前から伝統的な活字である「点つき」の「賭」を基本に使っていたのですが、それでも使用フォントによっては「点なし」が出てしまうことはありました。
この背景には日本産業規格(JIS)の方針変更がからんでいます。最初の「点つき」が1983年に「点なし」に、そして2004年に「点つき」に戻っているのです。それぞれの仕様で使いたい文字を出そうとしても出ない状況があったのですね。いや「あった」ではなく今もあるのですが。
今の常用漢字表は、賭だけでなく「箸」も「点つき」。一方で、前述のように当用漢字時代からあった「者」「署」「暑」「諸」「緒」には「、」は付きません。正確には常用漢字表はそれぞれカッコで「点つき」字体も示しているのですが、もはやあまり意味のないほど「点なし」が定着しています。古参の字は「新字」、新参者は「旧字」の字体という「てんでんばらばら」の状態なのです。学校の先生はどうやって教えているんだろう。
若い頃はさんざん字体の統一に苦しめられ「めぐるめぐるよ字体はめぐる」などとカラオケで「時代」の替え歌を歌っていたなあと思い出しつつ書きました。字体は時代によって揺れ動き、複雑怪奇。細かすぎて、間違いでなければどうだっていいと思う人もいるかもしれません。でも、字体についての知識がないと、誤字かどうかの判断もつかないのです。
【岩佐義樹】