最近の政治倫理審査会に限らず、政治家や官僚は国会で「承知しておりません」という答え方をよくします。同じ否定でも「承知しない」とはどう違うのでしょう。そして「了解」は失礼な返事とされることがありますが、本当にそうなのでしょうか。
3年ほど前から社有情報端末にグループチャットのTeams(チームズ)が導入され、メッセージを毎日チェックしています。依頼などの文に対し自動的に「承知しました」「承知いたしました」などの返事の候補が出ることがあります。
緊急時や返事が面倒なときはワンタッチで返事ができるので便利なことは否めません。でも、へそまがりの私は「勝手におれの返事を予測するなよ!」とできるだけ使わないようにして「了解しました」「わかりました」などと自分で入力しています。
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同じ否定でも「承知せんぞ!」と意味が違う
そういえば、チームズで自動的に表示されるのは「承知しました」などの肯定ばかりで、「承知しません」「不承知です」という否定の選択肢を見た記憶がありません。反対ならその旨書けばよいということなのでしょうが、そもそも実社会でそういう反応がないので、候補にもならないのでしょうか。
しかし「承知」の否定が頻繁に使われる場面はあります。政治家や官僚による
「承知しておりません」
という答弁です。記事では「承知していない」と丁寧語を取って書かれることが多いのですが、今回の政治倫理審査会でも出てきました。国会の決まり文句なのか、よく耳にする印象があります。
承知の否定の形としては「承知せんぞ!」という文言もありますね。「許さないぞ」という脅しのニュアンスの言葉で、「承知していない」とは全く意味が違ってきます。この差は何なのでしょう。
新明解国語辞典8版で「承知」を引いてみます。
㊀情報に接して、内部の(詳しい)事情を知っていること。「ご―〔=ご存じ〕の通り/百も―している〔=分かっている〕/無理を―で/すべて―の上で」
㊁(して)いいと認めること。「要求を無理に―させる/悪口を言うと―しない〔=許さない〕ぞ」
知ってはいたけれど認めない?
つまり、国会の「承知していない」は「知らない」こと(本当に知らないのか、しらを切っているかは別として)で㊀、ビジネスの「承知しました」や脅しの「承知せんぞ」は㊁の意味と思われます。この区別は他の辞書も似たり寄ったりですが、新明解のユニークな点はこの次の「運用」欄です。
「承知していない」の形で、正規の手順を経て伝えられていないから話題として取り上げる価値がない、という気持を表わすことがある。例、「社長は海外に生産拠点を移すと言ったそうだが、私は承知していない」
この場合は㊀の意味ではなく、「知っているけれど私は認めない」という㊁の意味と思われます。ということはもしかしたら、今回の裏金問題の「承知していない」も、知ってはいたけれど正規の手順で伝えられていないので公式には認めない――という含みがあるのかもしれません。本当に知らないのなら「存じ上げません」という立派な謙譲語があるのですから「承知していない」なんて使わなくてもよいはずです。
「了解」は本当に失礼なのか
――まあ、臆測はやめておいて「承知」をめぐる別の話題に移りましょう。
同等か目下には「了解」でかまいませんが、目上の人には失礼なので「承知いたしました」を使いましょう――という心得を見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
インターネットでもそう教えるサイトがあふれているのですが、三省堂国語辞典8版はこれに真っ向から異を唱えます。「了解」には
目上に失礼な語と言う人がいるが、以前から「了解いたしました」など、丁重表現として使われる。
とあり「承知」を引くと
「承知しました」は丁重な表現だが、「了解しました」はふつうの丁寧表現。ただし、「了解いたしました」と言えば、じゅうぶん丁重な表現になる。「承知いたしました」はより丁重な表現。
となっています。他の辞書も見ましょう。明鏡国語辞典2版は「了解」の「表現」欄で
近年目上の人の依頼・希望・命令などを承諾する意に使う向きもあるが、慣用になじまない(ぶっきらぼうで、敬意が不足)。「分かりました」「承知しました」のほか、「承りました」「かしこまりました」などを使いたい。
と記していて、ネットなどに多い指南と同じ立場でした。
明鏡国語辞典の劇的な転換
これが3版で劇的に変わります。
依頼や申し入れを受け入れることに力点を置く場合は「承知」を、内容や経緯をきちんと理解したことに力点を置く場合は「了解」を使うのが適切。「了解しました」という言い方で敬意が足りないと感じるときは、「了解いたしました」という丁重な言い方をする。
つまり、目上に対し「了解いたしました」でも問題ない、と明言こそしないものの、三省堂国語辞典と同じく「丁重表現」、つまり単なる丁寧語よりは上等と認めたわけです。新しい使い方や俗用への判断が逆(三省堂国語は寛容で明鏡は厳しい)になることが多い両辞書が一致しているのですから、「了解」の使用そのものが不適切というわけではなさそうです。
さらに、明鏡が「承知=受け入れ」「了解=理解」という意味上の使い分けを提示していることも注目に値します。つまり、上司から難しい要請があったとき「内容は理解したが、本当は受け入れたくないなあ」という気持ちを込めたいときは「了解いたしました」を使った方がいいのかも。まあ、その含みを理解してくれる上司がいたらですが……。
【岩佐義樹】