「被害を被る」という表現について伺いました。
目次
容認派は2割弱、直し方は割れる
「被害を被る」という書き方、どうでしょうか。 |
「被害を受ける」に直す 34.7% |
「損害を被る」に直す 10.7% |
「被害に遭う」に直す 36.3% |
「被害を被る」のままでよい 18.3% |
「被害を被る」という表現は「被」の文字がダブりますが、どう直すべきか、それとも直さなくてもよいと思うか、うかがいました。「馬から落馬する」に代表される「重言」の一つですが、容認する意見もあるので、それがどの程度か知りたいというのが目当ての一つです。
結果は「被害を被る」のままでよいという回答が2割弱で、ダブらない文言に直すとする人が圧倒的でした。とはいえ、直し方は割れています。
最も多いのが「被害に遭う」で、小差ながら「被害を受ける」を上回ったことは少々意外です。「被害を受ける」は現実には頻出していますが、考えてみると「被害」は「害を被る」ことで「被る」は「受ける」と同じことなので、「被害を被る」を直すにしても「被害を受ける」では同じこと――という意識が回答者に一定程度あったのでしょうか。
「被害を被る」も適切な「結果目的語」とされるが
回答の際に見られる文でも示しましたが、「被害を受ける」という言い回しは多くの辞書で書かれており、不適切と見なすことはできません。ただ、不思議なことに、俗用を積極的に採録する三省堂国語辞典は「被害」「受ける」いずれの項にも「被害を受ける」を用例としていません。たまたまかもしれませんが……。
これに対し、明鏡国語辞典は「被害」の項で「『被害を被る』は、~ヲに〈結果〉を取る言い方。重言ではない」と言い切ります。誤用に厳しいイメージの強いこの辞書と、ことばを映す「鏡」として世間の慣用を取り入れるのが早い三省堂国語辞典が、結果的に逆のような対応を示しているところが面白いですね。
「結果目的語」という言葉をご存じでしょうか。三省堂国語辞典に記述があるので引用します。
何かをした結果生じるものを「…を」であらわした文節。例、「湯をわかす」の「湯を」。「湯をわかす」は、湯を加熱して水蒸気にするわけではなく、「水をわかして湯という結果にする」の意味。「穴をほる」「セーターを編む」「ごはんをたく」なども同様。
これを「被害を被る」に援用すれば、被害という結果を受けることで、日本語としておかしくないことになります。「被害を受ける」も同様です。
明鏡も「重言のいろいろ」というコーナーを設けて詳しく解説しています。「花が開花する」「過信しすぎる」などは「一般に不適切」とする一方、「『結果目的語』は、~することによって~という行為や状態や事物を作り出すことを表すもので、日本語の一般的な用法」とし、次の用例を挙げています。
遺産を遺(のこ)す・歌を歌う・建物を建てる・彫像を彫る・伝言を伝える・犯罪を犯す・被害を被る
しかし、いまこの解説を作成中のワープロソフト、Microsoft Wordでは勝手にチェックが入り「伝言を伝える」「犯罪を犯す」「被害を被る」に二重下線が付いてしまいます。また、以前この「ことばの質問」で「犯罪を犯す」についてアンケートした際にも、直すべきだとする回答が半数以上になりました。
使いにくい場面が多い「損害を被る」
やはり、正しいか正しくないかは別として「見た目のダブり感」は、言い換えが可能であればなくしておいた方がよいという対処も賢明と思われます。「歌を歌う」「ノーベル賞受賞者」など、言い換えがしにくいものと違って「被害を被る」は、選択肢に挙げたように容易に複数の代案が考えられます。間違いとは言えないにしても「被害に遭う」「被害を受ける」「損害を被る」への言い換えが無難です。
ただし、文脈によってどの表現がふさわしいかは慎重に判断しなければなりません。たとえば「セクハラの被害を被る」だと「セクハラの損害を被る」と直せるでしょうか。「セクハラの被害に遭う」「セクハラの被害を受ける」が自然な気がします。「犯罪の損害を被る」「飼い犬が損害を被る」ともあまり言わないでしょう。
「精神的損害を被る」は裁判などの用語として成立していますが、損害という字には物損や保険のイメージがあり、一般語としては使いにくいことが多いようです。今回「損害を被る」の言い換えを選んだ人が少なかったのも、そういった事情が関係しているのかもしれません。ただ、道路や家屋などの破損については「損害を被る」でもよいことになる気はします。
なお、「被害を被る」をどちらかといえば容認する立場からは「『被害を被る』は不適切か」https://salon.mainichi-kotoba.jp/archives/2519というコラムも以前書かれていました。あわせてご覧いただければ……いえ「結局どっちがいいんだ?」と苦言を言わないでください(これも重言ですね!)。
(2024年02月19日)
「被害を被る」は見た目がいかにも重言ですよね。毎日新聞用語集では「被害に遭う」「損害を受ける」「損害を被る」という三つへの言い換えが提示されています。しかし「被害を受ける」はありません。
被害とは「損害を受けること」であり「被害を受ける」は「損害を受けることを受ける」、つまりこれも一種の重言ではないかという考え方があったように思います。しかし、辞書の多くは「被害を受ける」を用例として出していて、これを不適切と見なすことはできません。
さらに明鏡国語辞典は「被害を被る」も「重言ではない」と断言します。「歌を歌う」「建物を建てる」と同様、〈動作・作用の結果に生じたもの〉に付くのはたとえ同じ漢字が使われていても重言と見なさないという立場です。さて「被害を被る」でもよいという選択はどれだけ集まるか、注目を注いでください(これは重言ですね!)。
(2024年02月05日)