「オタク用語辞典 大限界」が発売されました。「ポケモン界隈用語」などの章を立てて「界隈」が多用されています。ほぼ同じ時期に出た「三省堂現代新国語辞典」「旺文社国語辞典」にもこの「界隈」の使い方が追加され、オタク用語の侵食がうかがえます。
「オタク用語辞典 大限界」が三省堂から出ました。著者名は「名古屋短期大学小出ゼミ(2022・2023年度生)」で、「名古屋短期大学現代教養学科の学生12名が、自分たちの周りで使われているオタク用語約1,600項目を採集し、語釈と用例を付しました」と三省堂のホームページにあります。
目次
一般人に「界隈」は通じるか
――と書き出してみましたが、この特異な本の論評はゲームをしない私の手に余ります。私としては「サンデー毎日」の連載「校閲至極」で「オタク層を超え『推し』の語氾濫」と題したコラムが載りましたので、その裏話を書きたいと思います。
私は「校閲至極」のまとめ役なのですが、今秋発表の文化庁「国語に関する世論調査」について書いてほしいと頼んだところ、筆者は同調査に「推し」という語が含まれていたことから、その使い方などについての原稿を送ってきました。その一部にはこう書かれていました。
筆者が二次元にハマったのは6年前のこと。それまで長らくいたかいわいでは「担当」が使われており
「かいわい」というのは漢字で「界隈」。私はこの言葉の使い方は一般の人に伝わるだろうかと疑問を持ちました、その時に辞書に当たったところでは、ほとんどは「そのあたり」などと、場所の意味しか載せていませんでした。
しかし、その時点では確認できませんでしたが、今秋相次いで新しい版が出た辞書は、ともに②(第2の語釈)として新しい意味を付けていました。
三省堂現代新国語辞典7版:[俗に、趣味などの]分野・ジャンル。「撮り鉄―」
旺文社国語辞典12版:(俗)ある分野・業界。また、それに関心のある人たち。「天文学―」
では「大限界」は。当然載せていました。それも、個別の語として載せるだけでなく、各章のタイトルにいちいち挙げられています。
日本の男性アイドル界隈用語(これは「ジャニーズ」だったのを土壇場で変えたそうです)
K-POP界隈用語
2.5次元界隈用語
アークナイツ界隈用語
スプラトゥーン界隈用語
ファイアーエムブレム界隈用語
プロセカ界隈用語
ポケモン界隈用語
原神界隈用語
そして「界隈」の項には「オタク共通用語」の章の一つとして「特定のジャンルや分野。用例『最近BL界隈だと、何が流行っているのです?』」とあります。割とあっさりしていますね。念のため、BLとはボーイズラブの略です。
このように、最近の辞書は新しい意味を載せるようになっていますが、サンデー毎日の読者は分かってくれるか分からないので、「かいわい」を使わない文章への修正を頼みました。
「担当」は「推し」より使命感強いらしい
ちなみに、先ほど引用した「校閲至極」の原稿にあった「担当」を「大限界」で引くと、「三次元共通用語」の章にあります。これはかなり長文になっています。
応援し育てる対象。「推し」よりも、使命感を持って応援し、育てていかなければならない。そのビジュアルや言動をただ無条件に肯定するのではなく、よりよくなっていくために、時に批判したり苦言を呈したりする人もいる。だけど結局は可愛くてたまらない。また、○○担当、○○担の形で、誰を応援しているかを表す場合もある。〔中略〕用例『今月、担当が表紙の雑誌が三冊出るから、十冊ずつ買わなくちゃ』『あ、ダテ担の方ですか?よろしくおねがいします!』
「育てていかなければならない」とか「可愛くてたまらない」とか、謎の用例とか、客観的な辞書の記述を完全に踏み外していますね。派生語として「自担」「他担狩り」「担降り」「同担」「同担拒否」「同担拒否過激派」「強火担」が挙げられています。これらの担当(担)の使い方を記す一般向け辞書はまだ見いだせません。
辞書も認めたオタク的「二次元」
さて、再び「校閲至極」の原稿に戻ります。「二次元にハマったのは6年前」――「ハマる」は一般にも広がっているのでよしとしますが、「二次元」はどうでしょう。分かるでしょうか。
これも、先述の辞書で取り上げていました。
三省堂現代新国語辞典:[俗に、生身の人間の世界に対して]漫画やアニメ、CGゲームの世界。
旺文社国語辞典:(俗)(平面上に描かれる)漫画やアニメ。
大限界:マンガやアニメなどの平面的な世界。また、実在する人物のことを指す「三次元」に対して、架空の登場人物やゲームなど、実在しない存在のことも指す。〔二次元を愛するオタクのことを「ニジオタ」という〕
「界隈」もそうですが、もはやマニア向けはもちろん、一般向け辞書もオタク用語を無視できず、「俗」としたうえでその使い方を採録し始めていることが、この秋発売の辞書から確認できます。
「二次元」については、一般の人にすっと通るのは「漫画やアニメ」なのでしょうが、直しにくいような気がしました。「かいわい」ほど違和感を持たれることはないと思い、そのままの表現にしました。それは、もう数十年前から漫画・アニメを「二次元」と呼ぶ言い方があったからです。
ニジコンの時代は遠く
ところで「ニジコン」という言葉、ご存じでしょうか。もしかしたら「大限界」にはあるかも、と思いましたが、ありませんでした。どうもこの本は昔の男性オタクは対象外のようで、それが「限界」と思われますが、それはともかく、今「ニジコン」なんて死語のようです。
インターネットで検索すると「虹コン(虹のコンキスタドール)」という女性アイドルグループがすぐ表示されます。コンキスタ? Gのレコンギスタなら知っていますが……もちろんこれらは関係なく、私の思い出したニジコンとは「二次元コンプレックス」の略です。
この語が使われた主な対象は、アニメに夢中になって現実の女性との恋愛が苦手な男性。現実の恋人たち、今でいう「リア充」に対しどこかコンプレックスを抱きつつ、二次元世界にのめり込むオタクが知られるようになり、「ニジコン」という言葉が一部でささやかれました。大人も楽しめるアニメが量産されるようになった1980年代後半以後のことでしょうか。
そのコンプレックスはどこへやら、今はあっけらかんと「ニジオタ」というのか、というのが「大限界」を引いての発見でした。二次元の沼にはまるのは「暗い」男子というオタクのイメージは完全に過去のもののようです。二次元にハマったと書いた筆者も、若い女性です。
え、私ですか? 私はオタクじゃないですよ。せいぜい「赤毛のアン アニメコンサート」に行ってマシュウの声に涙する程度。あ、「響け!ユーフォニアム」の新シリーズは楽しみですけどね。
【岩佐義樹】