お隣の韓国で「数え年」を廃止して「満年齢」に統一する新法が施行され、今後の推移が注目されます。かつて数え年が一般的だった日本でも、満年齢へ移行する際には混乱がありました。校閲の仕事でも要注意の、年齢についてのコラムです。
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韓国で「数え年」が廃止
お隣の韓国で年齢の数え方が変わりました。6月28日、伝統的な「数え年」を廃止し、国際標準の「満年齢」に統一する「満年齢統一法」が施行されました。これにより、韓国国民は1~2歳若返ることになり、BTSなどK‐POPアイドルも若返ったと話題になっています。「推し」が自分と同い年になったと喜ぶ海外のファンも多いそうです。
韓国ではこれまで年齢に三つの数え方がありました。民法上は満年齢が原則でしたが、日常生活では数え年が広く使われていました。数え年では生まれた時点を1歳として、1月1日を迎えると年齢が一つ増えます。例えば12月31日生まれの赤ちゃんは、翌日になったらもう2歳になります。
さらに韓国では、生まれた時点を0歳として、1月1日を迎える度に年齢が一つ増える「年年齢」という数え方もあります。例えば2000年生まれの人は、生まれた月に関わらず、今年で23歳になります。兵役や飲酒・喫煙などの年齢計算に使われ、新法施行後も当面継続するそうです。年年齢はニュースでも用いられるので通称「新聞年齢」ともいわれます。
今回の法改正は、年齢の数え方が混在する現状の解消が狙いですが、長年の習慣をすぐに変えるのは難しく、満年齢の定着には時間がかかりそうです。
かつては日本でも
数え年は、かつて日本や中国など東アジア諸国でも一般的な年齢の数え方でした。日本の場合、満年齢の使用自体は明治時代初めに法律で規定されましたが、民間では戦後まで数え年が使われてきました。今の韓国と同じ状況です。1949年5月24日公布、1950年1月1日施行の「年齢のとなえ方に関する法律」で満年齢の使用が推奨されると、次第に定着していきました。
この時、日本では混乱はなかったのでしょうか。いや、ありました。特に戦後の配給制度に関わる問題があったようです。当時の毎日新聞の記事を見てみましょう。
記事の上の方に「主食の配給基準」という表があります。年齢に応じて配給量が決められているのですが、これを単純に数え年から満年齢に変更すると、配給が増える人と減る人が出てきます。減る例でいうと、数え年の3歳では270㌘をもらえていたのに、満年齢で若返って2歳になったために210㌘しかもらえなくなる、といった具合です。これは戦後の食糧難では切実な問題です。かといって毎日誰かが誕生日を迎える度に配給量を切り替えるのは大変な作業なので、記事では切り替え時期について三つの案が出されています。その後の記事を読むと、年3回の年齢算定日を設けることで決着したようです。
年齢確認は校閲でも要注意
年齢の確認は校閲の仕事でも要注意事項の一つです。固有名詞と同じで、もし間違えたら一発訂正もの。毎日新聞の本紙では過去10年間で、年齢について計13件の「おわび」が出ており、1年に1回以上のペースで起きてしまっています。1歳違いや10歳違いのほか、65歳を56歳と誤ったものもありました。もしかしたら記者の計算間違いや見間違いもあったかもしれません。「おわび」が出たのは一般の方の年齢がほとんどなので、校閲で生年月日まで調べるには限界がありますが、それでもやはり気を配りたいところではあります。
ところで先ほど触れた韓国の「新聞年齢」は、生年さえ分かれば年齢の計算ができるので便利です。個人の誕生日まで細かく取材するのはプライバシーの侵害につながる恐れもあるので、満年齢統一法施行後も引き続き新聞年齢を使用する韓国メディアもあります。
実は戦前の日本でも、韓国の新聞年齢と同じ数え方を提案した人がいました。毎日新聞の前身、東京日日新聞から実際の投稿を見てみましょう。
1942年にも数え年を廃止して満年齢に統一しようという政治的な動きがあったのですが、「日本的の美点と統計上の利点」から数え年が継続されました。それについて投稿者は「数え年を活かしつつ満の長所を採り入れる方法」、すなわち「生れ出てから迎えた正月の数で計算」することを提案しています。これがまさに韓国の新聞年齢と同じ考え方なのですが、残念ながら日本の新聞業界では取り上げられなかったようです。
日本で満年齢の使用が推奨されて70年以上がたちました。いまや日常生活で数え年を使う人は少数派といってもいいでしょう。韓国でもこれから長い時間をかけて満年齢が定着していくのでしょうか。数え年という一つの文化が失われるのは寂しい気もしますが、隣国の年齢事情に今後も注目したいと思います。
【森憧太郎】