「夫婦」と「夫妻」のイメージの違いについて伺いました。
目次
回答は割れる
「夫妻」という言葉、「夫婦」と比べてイメージはどうですか? |
「夫妻」のほうが敬意があり丁寧 35.8% |
「夫妻」のほうが男女平等に感じる 22.2% |
「夫妻」のほうがよそよそしく感じる 13% |
いずれもそうは思わない 29% |
回答は割れ、今回挙げた3点について「そうは思わない」という人も3割程度。このこと自体が「夫婦」と「夫妻」をはっきり使い分けることの難しさを表しています。
「夫妻」は近年「改まった言い方」に
今回の選択肢では「夫妻の方が敬意があり丁寧」と感じる人が最多でした。辞典類を見ても「現在では『夫婦』よりもあらたまった言い方」(広辞苑7版)などと説明されています。
ちなみに広辞苑の「夫妻」の項目にこの説明が載ったのは2008年の6版からですが、新明解国語辞典では1989年の4版に「やや敬意を含ませた表現」という記述がありました。少なくとも数十年はこの意識があるということですが、「現在では」ということは、元々はそうでもなかったということ。
回答すると見られる解説では「容疑者夫妻」という表現は使いにくいと書きました。しかし言葉の元の意味からしても、(最多とはいえ3人に1人程度の)アンケートの結果からしても、使ってはいけないと強く主張できるほどではなさそうです。
ともに「ほうき」を含む「妻」と「婦」
「夫妻」の方が男女平等(逆に言えば「夫婦」は男女不平等)だとする一つの根拠として「婦」の字の成り立ちが挙げられることがあります。「婦」の右側は「箒(ほうき)」のことで、「家の中でそうじなどをして、きれいにする女の意味で、夫にしたがって家をととのえる『よめ』を表す」(新選漢和辞典)。確かにこれは現代のあり方には合いません。
しかし「妻」の字についても、上半分はほうきを手に持つことを意味しており、「夫のつれあいで家事をおこなう女を『つま』という」(同辞典)との説があります。「婦」と大して違いません。漢字の成り立ちを根拠に「夫妻」がよいと言うのは難しそうです。
ただし「婦」という漢字が、昔の男性優位の価値観の下で多く使われていたことは事実です。例えば「夫唱婦随」(夫が言い出し、妻が従う)という四字熟語がありますし、女性と子供を弱い者としてまとめ「婦女子」と言っていたこともあります。「夫妻」の方が平等だと感じた人の中には、そういった歴史を踏まえた人もいるかもしれません。しかしアンケートでは2割程度で、こちらも多数とはなりませんでした。
慣用表現では「夫婦」
中村明さんの「語感の辞典」では「夫婦」を「くだけた会話から硬い文章まで幅広く使われる日常の基本的な漢語」と説明しています。限られた改まった場面で使うことが多い「夫妻」に対して、使用頻度は高く使われる場面も広いということです。
広辞苑7版を見ると、「夫婦」の項目に「夫婦愛」「夫婦喧嘩」「夫婦別姓」などの語が十数個並んでいるのに対し、「夫妻」の項目には一つもありません。決まった言い方として「似たもの夫婦」「おしどり夫婦」などもあります。こうしたことから「夫婦」の方が身近で「夫妻」からは突き放した印象を受けるというのもうなずけるのですが、「夫妻」によそよそしさを感じる(「夫婦」の方が親しい感じがする)という人は少数派で1割程度でした。先ほどの容疑者の話で言えば、丁寧な表現であってもよそよそしい印象なら「夫妻」で構わないのかも……と思っていたのですが、そうもいかないようです。
いずれも使える場合が多い
以上のことから、結局「容疑者夫妻」でよいともダメだとも言い切れず、また、「普通は『夫妻』を使う方がよい」などとも言えないという、なんとも不完全燃焼の結論となりました。
仕事の中で使い分けに迷う場合も、(決め手がないので)積極的には直さないスタンスとなりそうです。大方の意見が一致しそうなのは、先ほどの「似たもの夫婦」などの慣用表現(「似たもの夫妻」にはならない)のほかは、夫妻を「自分自身や身内には用いない」(大辞林4版)というぐらいでしょうか。
(2023年06月09日)
校閲記者になりたての頃、デスクから「この『容疑者夫妻』って良くないんじゃない?」と指摘されたことがあります。確かに新明解国語辞典8版の「夫妻」には「やや敬意を含ませた表現」とあり、容疑者に敬意のある表現は使いにくいところです。▲また今年受講した校正・校閲の講座で「この文脈では『夫婦』より『夫妻』の方がよいでしょう」と講師が説明する場面がありました。最近では男女平等の観点から「夫婦」より「夫妻」が好ましいという考え方があるそうです。▲とはいえ「夫婦」が親しみを込めて仲の良さを表す場合などに使われてきたことも間違いなく、「夫婦」を排除すればいいわけではありません。では「夫妻」にあるという敬意はどれほど意識されているのでしょうか。また「夫婦」に古い時代の男女不平等を感じる人はどれほどいるのでしょうか。
(2023年05月22日)